14.視線の行方 |
アーシャは目の前にある物を見つめながら少し困っていた。 放課後の魔法学部西棟の裏はいつもにまして静かで、少女がその裏庭の端で立ち尽くしていても気にする者もいない。 アーシャが見ているのは、前期に自分が作った昼寝用のハンモックだった。 だがそれは今は以前と少し様子を変えている。 「うーん……」 アーシャは唸りながら足元に落ちた蔦で編んだ紐を手に取った。 それはこのハンモックから落ちた残骸の一部だった。 自分で編んだそのハンモックは数日前まで綺麗な網状だったはずなのに、今やそれは見る影もなくずたずたに切り裂かれている。 真ん中のあたりを縦に幾筋も切り裂かれ、飛び散った蔦が辺りに散乱している。木に結んであった端も片方が切れてぶらりと垂れ下がっていた。 アーシャはふぅ、とため息を吐くと紐が結んだままになっている木に手を掛けた。 少女は軽い体をひょいとち上げてするすると器用に木に登っていく。 そしてハンモックの紐が残る枝まで行くと、腰に差したナイフを抜いてその残りをプチプチと切り離した。 たちまち支えを失ったハンモックの残骸はバサ、と繁みに落ちていく。 アーシャは木から飛び降り、それらを集めると地面にひとまとめにして軽く土を掛けた。 元々は森で取った蔦を編んだ紐で出来ているのでこうしておけばいずれは土に還る。 作業が終わるとアーシャは何もなくなった木の下を少しだけ残念そうに見つめた。 「教授の誰かに見つかっちゃったかな……次は隠蔽する魔法も掛けないとだなぁ」 どんなのがいいかなぁと呟きながらアーシャは裏庭を後にした。 新しい魔具のアイデアについてこのハンモックの上でゆっくり考えようと思ってここに来たのだが、それが無理なら別のことをしよう、と考えて歩き出す。 ハンモックに座っていると何となく落ち着くので昼寝以外にも読書や考え事の場所として時々使っていたのでなくなってしまうと少し寂しい。 「家の中にハンモック作ろうかな……」 そんな事を考えながら西棟に戻ろうとドアに近づくと、それは彼女の目の前で先に開いた。ドアの向こうから顔を出したのは見慣れた少年二人だった。 「あれ、ディーン、ジェイ」 「あ、いたいた、アーシャ」 「やっぱりここか」 今日は二人と特に約束がある日ではなかったはずだ。 彼らが約束もしていないのにここへ来るなんて実に珍しい。何だか少し慌てた様子の二人にアーシャは首を傾げた。 「何かあったの?」 「……いや」 「まぁ、それは俺達のセリフなんだけど……」 「へ?」 「あ、いや、まぁいいや、今日飯一緒に食おうと思って」 慌ててジェイが言うとアーシャはこくりと頷いた。そういうお誘いなら別に断る理由はなかった。 「ん、いいよ。一緒に行く」 「よし、じゃあシャルも誘おうぜ。どこにいるか知ってるか?」 「うーん……図書館か練習室かなぁ? 最近練習室が多いみたい」 アーシャの言葉に少年二人は頷いた。 「ああ、今年は大会があるからだろう」 「大会?」 「あれ、アーシャ知らないのか? ほら、今年は二年に一度の魔法競技会があるんだよ。俺らのとこの武道大会と同じような奴。お互い見学できるようにって事で、一年おきに交代なのさ。シャルは今年も出るつもりなんだろ」 「……そういやそんなの一年の時にあったような気がするかなぁ。でも授業は休みだけど見学は義務じゃないって言うから家で寝てた」 やっぱり、と二人は思ったが黙って足を進めた。 三人は西棟へ入るとそこを真っ直ぐ通り過ぎる。この時間の西棟はとても静かだ。 ジェイは人気のない廊下を眺めながら隣を歩く少女に問いかけた。 「……なぁ、アーシャ。最近さぁ、なんか変わった事とかないか?」 「変わったこと? うーん……別にないかなぁ」 「何も?」 「んー……レイアルで買った薬草の種が芽を出した事くらいかなぁ?」 「そっか、ならいいんだ」 アーシャの返答に少年二人はほっと胸を撫で下ろした。 少女の様子は本当にいつもと何も変わりがなかった。まだ安心は出来ないだろうが、それでも今のところは大丈夫のようだと二人は判断した。 「なんか変わったことあったらいつでも相談してくれよ?」 「ん、ありがと」 アーシャは笑顔で頷き、やがて三人は渡り廊下を抜け南棟へと入った。 魔法学部の南棟は幾つかの特別教室と様々な魔法の鍛錬用の部屋がある。 魔法を使っても大丈夫なように厳重な結界で守られた部屋を一つ一つ覗いて歩く。 アーシャを真ん中にするようにして三人が歩くと、練習室を使う生徒達の視線がちらほらと向いてくるのを感じた。 アーシャはそんな中、腰に下げた聖霊石を何気ない仕草でそっと握りシャルの居場所を確認した。シャルはもう少し先の練習室の一つにいるようだった。 「あっちみたい」 「ああ」 「おう」 アーシャが示すままに三人は廊下を歩いていった。 その背中に向けられた幾つもの視線の中に、何だか穏やかならざるものがある事に三人はその時気づかなかった。 通り過ぎる彼らを見送った者達から小さな囁きが漏れる。 「ねぇ、どう思うあれ?」 「許せないよね」 「魔技科のくせにさぁ」 だがその声は幸か不幸か彼らには届かない。 小さくなる三人の背中を一際熱心に見つめる少女がいる事にも彼らは気づかなかった。 「多分ここ」 そう言ってアーシャが立ち止まった所はかなり奥まった所にある練習室だった。 使用中の札がかかったそのドアを少女はコンコンと叩く。 中から聞きなれた声がしたのを確かめてからアーシャはドアを開けた。 「あら、アーシャ」 ドアを開けるとそこは普通の教室より少し狭いくらいの、何もない空間だった。 真っ白に塗られた壁が目に眩しく、それとは反対に床は黒っぽい。床に敷かれている石には様々な魔法陣が刻まれていた。 シャルはその部屋の中央で、手の平に青い炎を乗せて立っていた。 三人が部屋に入り彼女に近づくと、シャルは軽く手を振ってその炎を消した。 「どうしたの皆揃って」 「ご飯誘おうと思ったんだって。シャルも行かない?」 「あら、いいわね。じゃあもうちょっとだけそこで待っててくれる? 後一回試したい魔法があるの。ここもう少し借りてられるのよ」 「うん」 「おう」 三人はシャルの練習をしばし見学する事にして、入り口脇の壁際に立つと邪魔にならないようにそっと見守った。 シャルは彼らに向かって一つ頷くと前を向き直り、杖を掲げて精神を集中する。 そして強い声で呪文を唱えた。 「赤き衣を纏い、揺らめき踊る者よ。其は変化の兆し、再生への導き。我が内より出でよ、炎の蕾!」 シャルが呪文に合わせて杖を一振りすると、ボッ、と音を立ててその足元から炎が立ち上った。 ゆらゆらと揺らめく赤い炎はまさに蕾のようにシャルを包み込み、次第に上の方から青へと変化していく。 シャルは目の前が赤から青へと変わっていくのを見ていた。 そして―― 「炎の華、咲き誇れ!」 次の瞬間、爆発音にも似た激しい音を立ち、シャルを包んでいた炎が辺り一面にまさに華が開くように広がった。 「うわ!」 ジェイは驚いて思わず顔を手で庇ったが、熱は一切感じなかった。隣を見ればアーシャもディーンも平然とそれを眺めている。 シャルが杖を持った手を前に伸ばすと開いた炎の華はくるりと回るかのように前方へと進んでいく。 炎の範囲は既にこの部屋を埋め尽くすほどだ。 ゆっくりと回りながら進む炎の華はバチバチと花弁を散らしながら部屋の向こう側の壁にぶつかり、そして突然全てが掻き消えた。 「えっ!」 あまりにあっけなく炎が掻き消えた事に、ジェイが驚いて声を上げる。 「ふぅ、まぁまぁかしら」 驚くジェイを他所に、シャルは杖を掲げていた手を下ろすと三人の方を振り向いた。 「どうだった?」 「すっげーよ、シャル! 今の、何がどうなってたんだ?」 「そういえばあんたこの部屋に来るの初めてだったっけ」 ジェイの驚きぶりにシャルは楽しそうに笑った。 「ここは二級以上の詠唱魔法練習室なんだよ。 威力が大きい危険な魔法を練習する為の部屋で、ここでは魔法は本当には発動しないんだ」 アーシャが説明するとジェイは目を見開いて驚いた。 「ええ? でもじゃあさっきの炎は?」 「あれは本当は幻なの。本物の炎じゃなかったのよ。だから熱くなかったでしょ?」 驚くジェイとは反対にディーンはこの部屋の事を知っていたらしく平然と頷いた。 「ディーンは知ってたんだね」 「ああ。教授から聞いたことがある。この部屋は発動した魔法の全てを吸収し、消去してしまう。 そしてその代わりに吸収した魔法が本当に発動していた場合の姿を幻として映し出す、と」 へぇ、とジェイは感心して部屋をくるりと見回した。何もないがらんとした部屋は、とてもそんなすごい秘密があるようには見えないから益々不思議だ。 「でもシャルすごいね。もう二級魔法練習してるんだね」 「前期の実習以来、炎に関しては絶好調なの。もっとも他のはあんまり変わらないからまだまだ修行中よ」 シャルはそう言って楽しそうに笑うともう良いから部屋を出ようと三人を促した。ぞろぞろと外にでると空はすっかり夕焼けに染まり、廊下はもう随分薄暗かった。 「あら、もうこんな時間なのね」 窓のない部屋にこもっている間に思ったより時間が過ぎ去っていたことに気がつき、シャルは驚いた声を上げた。 「日が暮れるの早くなったね」 「腹が減るのも早くなった気がするよなぁ」 「……お前だけだ」 楽しそうに笑い合いながら四人は歩き出した。 そこに幾つもの視線が向いていることなど、彼らは気にもしなかった。 仲良さそうに歩いていくその四人の姿をコーネリアは別の部屋の戸口の陰からこっそりと見ていた。 部屋を出ようとしたところで歩いてくる四人に気付き、彼女は咄嗟に隠れてしまったのだ。何となく彼らに見つかりたくなかったのだが、自分のその行動が彼女のプライドをチクチクと刺激する。 コーネリアは苛々と親指の爪を噛み、ハッと気づいて慌ててそれを止めた。 以前よりも日に焼けてしまった手や腕が視界に入り、それがまた彼女を苛立たせる。 コーネリアが今いるのは三級から五級用の詠唱魔法練習室だ。利用者が多いこの部屋は張られている結界はあまり強くないがその分広く作られている。 だからもちろん今も部屋の中には他の人間の姿がある。人目がなければ苛立ちを隠さず怒鳴り散らしたい所だった。 コーネリアは出入り口の向こうをもう一度そっと覗き込み、少しずつ小さくなる四人の背中を見送った。その中の一際小柄な人物が彼女の目を引く。 「……あんな子供に負けただなんて」 コーネリアを今何より苛立たせているのはシャルや少年二人の存在ではなく、その間に見え隠れしていた小柄な少女の姿だった。 あの森での敗北以来、コーネリアは補習や奉仕活動の合間を縫って魔法の練習を更に積んでいる。 彼女は今まで魔法学部の同じ学年の中で、成績でも魔法の腕でも自分が勝てないのはシャルフィーナ一人だけだと思っていた。それもいつかはきっと勝ってみせると思っていたのだ。 ところがあの森で、彼女のチームは勝利を目前にしてたった一人の魔技科の少女の放った不可思議な魔法に破れてしまった。 あの時は分からなかったが、今はあれが森の精霊を動かした精霊魔法だということは分かっている。 森の精霊は地の精霊の下位に当たる。 そんな下位の精霊に、不意を討たれたとはいえなす術もなく叩きのめされた事実がコーネリアにはどうしても許せなかった。 少女の仲間達の姿がなければ今すぐこの場で一対一の果し合いを申し込みたかった程だ。 いつか必ず再戦を挑んでみせる、とコーネリアは壁に寄りかかって固く拳を握り締めた。 「あらぁ、コーネリアじゃない? どうしたの、そんなところに隠れちゃって」 部屋の入り口から聞こえた艶やかな声にコーネリアは思わず身を固くした。 振り向くとそこには一人の少女の姿があった。面倒なのに見つかった、と内心で苦く思う。 「隠れているなんて人聞きの悪い事を言わないで下さいませんこと? ただ少し休憩していただけですわ。 貴女こそなにか御用ですの、カトゥラ?」 カトゥラ、と呼ばれた少女はピンク色に塗った唇を上げ、にっこりと笑顔を見せた。その笑顔は少女と言うには大人びていて、女性と言うにはまだ足りない、どこか危うい魅力を放っている。 「大した事じゃないのよ。ちょっと世間話でもと思って」 そう言ってカトゥラは入り口脇の壁に寄りかかったままのコーネリアの前までゆっくりと歩いてきた。 癖のある艶やかな褐色の髪が彼女の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。まるで猫のようにしなやかな、どこか色気を感じさせるような動きだ。 コーネリアは彼女と同じクラスだが、このクラスメイトの事があまり好きではなかった。むしろ嫌っていると言っても良い。 実力はあるのに勉学よりも色恋に熱心で、高慢で陰険な性格だからだ。 薄っすらと化粧で彩られた顔は確かに大人びて美しいし、スタイルも良い。だが次々と男を取替え、時には他人から奪うような真似を平然とすると評判の人間を好きになれるはずもない。 最近彼女は五年の武術学部の男と付き合っていると言う噂だったが、それが本当かどうか誰も確かめようともしないほど、しょっちゅう相手が入れ替わるのだ。 貴族出身の癖に下品な女だ、とコーネリアは彼女の事を内心では軽蔑していた。 「……貴女と私に共通の話題なんて何かあったかしら?」 「あら、その話題はさっき廊下を通って行ったばっかりだと思ったけど、違ったかしら?」 「……!」 コーネリアが口を噤むと、カトゥラは楽しそうにくすくすと笑った。 「ねぇ、貴女はどう思うの、あれ」 「どういう意味ですの?」 「だからぁ、魔技科の人間があの中に混じってるなんて、場違いだと思わない? ってこと」 コーネリアはその問いに思わず唇を噛む。その魔技科の人間に負けた悔しさが沸き起こったのだが、カトゥラはそれを違う意味に見て取ったらしい。 「あは、やっぱり面白くないわよねぇ? おまけにあの子、しょっちゅうアルロード君達と一緒なのよ。ちょっと許せなくない?」 綺麗に爪を塗った指を頬に当て、カトゥラはつまらなそうな仕草をした。 コーネリアはその芝居がかった仕草を鬱陶しく思いながら、彼女の言葉に首を横に振った。 「そういえば貴女、随分前からディラック様に付き纏っていましたわね」 「付き纏うだなんてひどいわ。純粋に振り向いて欲しいからアタックしてるだけよ?」 「あら、その割には実際は違う相手ばかりとお付き合いしていますのね」 「だって、あの人ったら誰とも付き合ったりしないんだもの。相手にしてもらえないならやっぱり寂しいじゃない? でもね、誰のものにもならないならずっと憧れていられるからそれならそれでいいのよ」 カトゥラは形の良い唇を面白くなさそうに尖らせた。そんな仕草も愛らしく見えるのだから、これに引っかかる男は多いだろう。 他の男と付き合っていても彼女は本命へのアプローチを止めたことはないし、そもそも憧れなんて可愛いものを抱くような女ではないのだが、大抵の男達にはそれが分からないらしい。 コーネリアが馬鹿馬鹿しく思いながら黙っていると、それをどう受け取ったのか、カトゥラは華やかな笑顔を見せて言った。 「だから、シャルフィーナならともかく、あんなちんくしゃが私より相手にされてるなんて許せないの。分かるでしょ?」 「……」 コーネリアは呆れてため息を吐いた。 彼女もその点は多少は同意しなくもない気持ちだったが、それを表には出さなかった。そんな単純な理由だけで相手を敵視するなんてプライドが許さない。 コーネリアはあくまでもあの少女を、シャルフィーナと同じく打ち負かしたい相手として見ているのだ。 「くだらないですわ。つまりは貴女の方が魅力がないということではなくって?」 「そうねぇ、人は時として完璧な物よりも他愛のない物を愛したりするから仕方ないかもしれないわね」 そういうことをぬけぬけと言い放つ事もカトゥラが同性から嫌われる所以だろう。 「だったら貴女も少しはそういうものを目指して見てはいかがかしら。話がそれだけならもう失礼させて頂きますわ」 これ以上彼女とくだらない話をして同類に見られるのはごめんだった。 同性に嫌われているカトゥラは時々こうしてコーネリアに話しかけてくるから周りからはそう思われやすいのだ。 「あら、違うのよ。良かったら貴女にもちょっと手伝ってもらえないかと思って」 「手伝う?」 「そう、私ったらほんのちょっとだけ悪戯してみたりしたのに、全然効かないんですもの。噂も駄目みたいだし、つまらないわ」 「噂って……あれ貴女の仕業でしたのね?」 「やぁだ、違うわ。私だって人から聞いただけよ?」 シャルフィーナチームが新しい人間を入れることを考えていると言う噂をコーネリアも知っていた。噂は随分と魔法学部に広まり、彼らのチームに入りたいと言い出す者もそれなりにいる。 コーネリアも同じクラスの者達が、やっぱり魔技科なんてだめなんだと馬鹿にしているのを度々聞いていた。 だが四人の様子からはチームを解散するような雰囲気は見えないし、おかしいと思っていたのだ。 噂を聞いたシャルフィーナの友人達が彼女に一緒に組むことを持ちかけて断られたと言う新たな噂も出ている。 カトゥラは否定したが恐らく彼女が発したか、煽っているかは間違いないだろう。彼女はいつだって男達を上手に使うし、上辺だけだろうが仲の良い似たタイプの女達も何人かいる。 コーネリアはそういうやり方は好きじゃなかった。文句があるなら直接言いに行けばいいのだ。自分がシャルフィーナに何度でも挑むように。 「この私に嫌がらせを手伝えと言うつもりですの? くだらない! 」 「あら、だって貴女がとっても怖い目であの子のこと睨んでたから。違ったかしら? 」 「べ、別に睨んでなんていませんわ! 私はただ……あの子が精霊魔法の使い手だから、挑んでみたいと思っただけですわ! 」 あらそうなの、とカトゥラはつまらなそうに呟くと何か思案するかのような顔をした。 「貴女が挑んでみたいだなんて、あの子強いの?」 「そ、それは……そういう噂ですわ。でもきっと私が勝ちますけどね! 」 まさか既に一回負けているとは言えなかった。 コーネリアのチームがシャルフィーナのチームを妨害した挙句に大敗し、課題に大失敗した事は生徒達には知らされていない。 ただ六人でも失敗した、という事実が伝わったのみで、それは風の森の厳しさを生徒達に知らせる結果になった。 シャル達も何故か言い触らす事はしていない。 内心の苦々しさや苛つきが顔に出ないように、コーネリアは必死で平静を装った。 そんな彼女の様子に気付く風もなく、カトゥラは細い首を優雅に傾けた。 「……そう、挑んでみたいの。ふぅん……面白いかもしれないわね」 「何を一人で納得してますの? 」 コーネリアは苛々しながら問うたがカトゥラは首を振ってにっこりと笑った。 「それ、実現するといいわね。じゃあまたね、コーネリア」 「は? 」 ヒラヒラと白い手を振りカトゥラは突然踵を返して部屋から出て行った。 あまりに唐突なその態度に、残されたコーネリアは彼女が何を考えているのかさっぱり分からず、そこに立ち尽くしたままそれを見送る。 だが彼女が何を考えているにしろ、良い事でないのだけは確かだろう。 そう考え、この事をシャルフィーナ達に話すべきかどうか、コーネリアは迷った。 だが自分が言ったところで信じてもらえるかどうかは分からない。 「……面白くありませんわ」 高慢で自信家で鼻持ちならないお嬢様と言われるコーネリアだが、同時に彼女は誇り高く勇敢なる挑戦者でもある。 敵に塩を送るべきか、成り行きを見守るべきか。 コーネリアはカトゥラの出て行った扉を見つめたまま、深く考え込んでいた。 |
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