24:不本意な戦い(後)

「キャァ!」
 派手に吹っ飛んで転がったジェイを見てエナが悲鳴を上げた。
 気の弱い少女は巻き添えを恐れたようにさっとコーネリアの影に隠れる。
「いっててて……」
 ジェイは地面で一回転した後、どうにか起き上がった。
 一体何が、と振り向くと何とそこにはジェイを捕らえるはずだった光の網に代わりに捕らえられて倒れているシャルの姿があった。
「シャル!?」
「ぼさっとしてんじゃないわよ! さっさと立って! 逃げるわよ!」
 シャルはもがきながら半身を起こしてジェイを叱咤した。
 突然現れたシャルと、その行動に呆気に取られて固まっていたコーネリアがハッと我に返って声を張上げた。
「なっ、あ、あなた今ジャスティン様に何しましたの!?」
「はん、何って見てたじゃないの。飛び蹴りよ飛び蹴り! このバカが遅く来た上にぼさっとしてるから活いれてやったのよ! 文句ある!?」
「飛び蹴り……」
 自分吹っ飛ばしたものの正体を知ってジェイはげんなりとうなだれた。
 何故どこにも見えなかったシャルが突然現れたのかとか他にも気になる事はあったがそれよりも飛び蹴りはショックが大きい。
 自分を狙っていた魔法から助けてもらったのは確かだがもっと他にやり方というものがあったんじゃ、と文句が口から出そうになる。
 助けに来たはずの人間に飛び蹴りを食らわされて吹っ飛ぶなんて経験をする人は滅多にいないのではないだろうか。
 遅くなったらどやされるに違いないとは思っていたが、やはりシャルの行動はいつもジェイの想像を軽く蹴倒していく。

「ちょっとジェイ! ぼさっとしてないで、私を担ぎなさいよ!」
「お、おう!」
その声に半ば条件反射のように一瞬で立ち直ったジェイは、命じられるままに慌ててシャルの体を左肩に担ぎ上げた。
持ち上げた時に右肩が痛んだがそんな痛みは無視して走り出す。
「あっ、お待ちなさい!」
 走り出したジェイの肩の上で、シャルは自分を戒める光の帯を解こうとぶつぶつと幾つかの呪文を呟いていたが、何回か試した後諦めたようにため息を吐いた。
「だめね、解けないわ……ランクは高くないみたいだけどやっぱりさすが精霊魔法ね」
「コーネリアは精霊魔法使えんのか?」
「そうよ。あんまり大したランクじゃないけど光の精霊魔法ね。参ったわ……」
「お前でも解けないのか?」
「精霊魔法ってのは、本人が解除するか最初に限定した条件に達するか、逆属性で相殺するか、それを凌駕する力をぶつけるかくらいしか解除の方法がないのよ。後はかけた本人が意識を失うとかもあるけど……」
「ってことは……」
「ディーンを探すしかないわ。あいつと合流して闇の精霊に相殺してもらうのが一番ね。私は今火の精霊を呼び出す訳にはいかないもの」
「つっても今どこにいるんだか……」
 合流しようにもこの森の中では連絡を取り合う手段がないのだ。
 川原を進んだ自分と違い森の中を走って行ったから戻ってくるとしたら多分テントの方角からだろうとは思う。
 だが今テントに戻ればコーネリアの他の仲間と鉢合わせになる危険がある。
 足が遅いとはいえ後ろから彼女ら二人も懸命に追って来ている今、下手をしたら挟み撃ちにされてしまう。

「なぁ、俺が光の精霊を呼び出して、それ解いてもらうってのは無理なのか?」
「修行不足のあんたに呼び出せる精霊なんてたかが知れてるわ。コーネリアの精霊魔法を打ち消すのは無理ね。
 あんただってかなりの加護を持ってるんだから死ぬ気になれば助けてくれる精霊もいそうだけど、今そんな賭けしてられないわ」
 ジェイがちゃんと魔法の修行もして精霊に心を開き親しくしていたなら、恐らくはコーネリアよりも遥かに強い精霊を呼べた可能性はある。
 けれど、それは仮定の話しだ。
「じゃあ、俺がコーネリアを気絶させるとかは?」
「それも考えないでもないけど……不利ね。あの女は精霊をもう呼び出してしまっているし、恐らくまだ傍に置いているもの。精霊は呼び出した人間の危機には敏感だから、多分すごく抵抗されるわ」
 考えれば考えるほど事態は悪くなるばっかりらしい。
 やはり危険は承知でディーンと合流するしかないか、とジェイは進路をテントの方角へと変える。
 と、その時だった。

「は、母なる大地よ、その道を行く者を その御手に捕らえよ!」
 遠くからかすかに呪文が聞こえた直後、ドン、と足元に衝撃が走った。
 ヤバイ、と思った次の瞬間踏んでいた地面が突然隆起した。
「うわっ!?」
「キャァ!」
 盛り上がった地面に足を取られジェイはシャルを抱えたまま倒れこんだ。
 ジェイは地面に倒れこむ寸前にとっさに体を捻りシャルを上に逃がした。

ガツッ!!

「ッ!!」
 痛めた右肩に体重がかかってジェイは思わず歯を食いしばったがかすかなうめきが漏れる。
「ちょっとジェイ? どうしたの!?」
「何でもねぇ……」
 起き上がってシャルを背中にかばうとコーネリアとエナが走ってきた。
 自分の足元を見れば、彼女らの来た方向からモグラの通った跡のような盛り上がった土の道が蛇行してここまで届いていた。
 どうやらエナの放った地の魔法に捕まったらしい。
 まだ二人との距離はかなりあったはずだが、これだけ離れていても届くとはなかなかの実力だ。

「追い、つき、ました、わ、もう逃が、しません、わよ!」
 ぜぇぜぇと息を吐きながら二人がついに追いついた。
「どう考えても、あなた方の、負けですわ! 大人しく降参して、私達に協力して下さいな!」
 エナが杖をくるりと振ると、シャルとジェイの周りを円で囲むように地面がぼこぼこと盛り上がった。
 逃がさない、という意思表示のようだ。気が弱そうだが魔法の腕は確からしい。
 ジェイは慎重に二人との距離を測った。
 ジェイのスピードなら本気で行けば二人とも魔法を使われる前に倒せる距離だ。
 だがコーネリアは光の精霊が守るはず、とシャルは言っていた。
 こうなればせめてエナだけでも気絶させるか、と考える。
「ちょっと、ジェイ」
 シャルはそっと小声でジェイに話しかけた。
 体は相変わらず自由になっていないままだ。
「あんた一人なら逃げられるでしょ。行ってよ。行ってディーンを連れてきて」
「お前はどうすんだよ」
「なんとかするわよ。口が利ける限り魔法は使えるし、一旦わざと捕まったっていいわ」
 わざと捕まって、テントの結界を解くと言ってそこへ逃げ込む手だってある。
 ここでこれ以上無理をして傷つくのは避けた方が良さそうだ、とシャルは判断したのだ。
「……お前、アーシャのかけた結界解けんのかよ」
「解けるわけないでしょ」
 さらりと言われてジェイは頭を抱えた。
 そんな事を言われてなお、ここに置いていったら男じゃない。
 一瞬の躊躇の後、ジェイは腰のポーチからありったけの聖水の瓶と符を取り出した。

「ジェイ!?」
「行けるかよ。んな体で何言ってんだよ。お前、いっつも一人で何でも抱えやがって。たまには周りとか、俺の身にもなれっての」
 やれる事はやる、と言いながらジェイは全ての瓶の口を開けた。
 バシャ、と聖水を自分の周囲にどんどん撒いていく。
「さっきだって俺の事勝手に庇いやがって。せっかく隠れてたみたいなんだから、あのまま静かにしてりゃよかったじゃねぇか」
「ふん、あんたが簀巻きになったら誰が担ぐのよ。私はか弱いんだからね!」
「……か弱い女が飛び蹴りかますか普通」
 がっくりしながら更に聖水を撒くジェイに、量があれば良いってもんじゃない、とシャルは思ったがそれを止める事ができなかった。
 自分を庇う背中がなんだかいつもより大きく見える。
(泣き虫の鼻たれだったくせに、生意気よ)
 そう思いつつも、悪い気がしないのは何故だろう。
 シャルはそんな自分に苦笑しながらジェイの背中に声をかけた。

「……しょうがないわね。もし課題が駄目だったらあんたの婚約者も私のも、皆飛び蹴りで吹っ飛ばして破談にしてあげるから安心して好きな事やっちゃっていいわよ」
「……女もかよ」
「私は男女差別はしない主義よ」
 何か違う、と思ったがジェイの口から零れたのは突っ込みではなく笑いだった。
 くすくす笑いながら、ジェイは強く強く望んだ。
 ずっとこうして、軽口を言い合って、傍にいられることを。
 そのために力を貸してくれ、と精霊に初めて心から祈った。

『光の精霊よ ここに― 』

(どうか、シャルを自由にする力を)
 ジェイの願いは、ずっとそれ一つだった。
 その願いに応えるように彼の体をうっすらと光が覆っていく。
 だがその光の反応はいつもと明らかに違っている。
 シャルはすぐにそれに気づいたが静止するには既に遅く――
「ちょ、ちょっとジェイ! あんた、ちゃんと条件限定したの!?」
 ジェイの回りから溢れた光は留まる所を知らぬかのようにどんどん広がり、周りを飲み込み始めた。
 焦ったシャルの声さえ白く塗りつぶし、辺りに広がる。
「う、うわぁ!?」
「キャァァ!」

 ―― 森に、光が溢れた。
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