12.晴れのち曇り

 ある日の放課後、上級学部近くの可愛らしい喫茶店に賑やかな少女達の一団があった。

「それじゃ、シャル、誕生日おめでとう!」
「おめでとう!」
「おめでとうー!」
「おめでとう!」

 幾つもの祝いの言葉と共にカチン、と細いグラスが打ち合わされる。

「ありがとう!」
 シャルは自分を囲む四人の友人達に笑顔を見せお礼を言った。
 いつもより授業が少なかったこの日、シャルと特に仲の良い友人達が放課後に集まり、ささやかながら彼女の誕生日の祝いを催してくれたのだ。

 食事をするには中途半端な時間なので、お菓子とお茶だけの簡単な席だがそれでも祝ってもらえるとやはり嬉しい。
 彼女達は毎年のようにちゃんとした祝いをやろうと言ったのだが、それはシャル自身が断ったのだ。
 シャルには休暇の間に行った仲間だけの祝いでもう十分だった。
 それでもこうやって友人達と過ごす時間もなかなか楽しい。
 五人の少女達はそれぞれ好みのケーキを食べながら賑やかなおしゃべりに興じた。
 いくら喋っても年頃の少女達の話題は尽きる事を知らないかのようだった。
 もっとも、学期始めのこの時期だけは休暇中にそれぞれがどうやって過ごしていたかという話題が多くなる。
 友人達の帰省や旅行の話を聞きながらシャルも仲間とレイアルに行った話をした。
 お土産は皆と既に交換しあっていたが、まだゆっくりと旅行の話をしていなかったので少女達の席は大いに盛り上がった。

「えっ、じゃあレイアルには実習の時と同じ四人で行ったの?」
 友人の一人のニーナに問われて、シャルは頷いた。
「そう、皆居残り組みだったから丁度良かったの。買い物したり舟遊びしたりして、面白かったわよ」
「いいなぁ、イージェイ君やアルロード君も一緒だったなんて!」
 学校では大人しいのに放課後は賑やかなリゼットが腕をバタバタさせて羨ましそうに言った。
 だがシャルは小さく首を振ると苦笑を浮かべた。

「ただの荷物持ちと用心棒よ」
「シャルはいっつも贅沢すぎるよぅ」
 おっとりしたトリスがくすくすと笑う。
「でも珍しいよね、実習のメンバーと旅行するだなんて。仲間の買い物に付き合うなんて大変じゃなかった?」
 一番大人しいメイが首を傾げてシャルに聞いたが彼女は笑って首を横に振った。

「全然。すごく楽しかったわ。実習と違って危ないこともないし、普通の旅行って本当に久しぶりだったもの。買い物に付き合ったっていうよりも、無理言って付いていったんだけど行って良かったわ!」
 シャルがそう言うと少女達は顔を見合わせ、何か少し困ったような呆れたような曖昧な笑みを浮かべた。
「あら? 何か変な事言った?」
「あ、ううん!」
 一瞬流れた微妙な空気にシャルは少し戸惑う。
 自分が何かおかしなことを言ったのかと思ったのだがそうでもないらしい。シャルは内心で首を傾げながらも言葉を続けた。

「それに、皆にもお土産買ってこれたしね。毎年貰うばっかりってちょっと心苦しかったのよ?」
 シャルは家が学園にあるので休暇だからといって帰省する必要がない。
 だから毎年長い休暇が終わる度に、友人達からお土産を受け取るばかりでちょっと申し訳なく思っていた。
 シャルのその言葉に少女達は気にしなくても良いのにと口々に言って楽しそうに笑った。

「でもやっぱり羨ましいよ、あの二人と一緒に旅行だなんて!」
 少女達は羨ましげにため息を吐いた。
「ホントよね。あーあ、今年はシャルの誕生日祝いがこじんまりしてるからイージェイ君が呼べなかったのよね、残念」
 ニーナはケーキを食べながら残念そうに呟いた。
 それに釣られて他の少女達も口々に彼の不在を残念がる。

「ジェイなんてどうせ来ても黙って料理食べてるだけなんだから、いてもいなくても同じじゃない」
「えー、違うわよ! 居てくれるだけで楽しいじゃない! ねぇ?」
 ニーナはそう言って他の子達に同意を求めた。
「うん、居てくれるだけで楽しいわよね。目の保養って言うか……」
 頬を可愛らしく染めながらメイが言い、リゼットも頷く。
 シャルは理解できない、と首を振って肩をすくめた。
 ジェイは仲間達からは誰も気にされていないが、その爽やかな容貌が女子生徒にかなり人気がある。
 夢見がちな少女達に言わせると、輝くような金の髪に空の色の瞳が悪戯っぽく煌き、笑顔が素敵な甘い顔立ちなのに、程良く日に焼け鍛えられたしなやかな体がやっぱりどこか男らしい……ようなところがいいらしい。
 シャルに言わせると、単に幾つになっても子供っぽさが抜けないお坊ちゃん顔で、夏期休暇に必死で虫取りしてた頃とちっとも変わっていない、という事になるのだが。

「まぁ……確かに見かけがそんなに悪くないのは認めるけど。でもイマイチ締りがないのよね」
「えー、そのちょっと甘いとこがいいんじゃないの! いつも笑顔だしすっごく優しそうだわ」
 トリスはシャルの意見に首をぶるぶる振って反対した。ふわふわした金茶の髪が力説するたびに揺れて愛らしい。
 シャルにとっては締りのない顔でも、彼女達にとっては甘くてかっこいい、となるらしい。
 ジェイとはお互いが歩き出す前から顔を合わせているシャルには今更彼の顔に対して思うところは特にない。
 友人達が騒ぐ声を聞きながらシャルは冷たいお茶を飲み干してお代わりをした。

「やっぱりさ、アルロード君と並んでる時が一番いいわよね! あの対比が!」
 突然聞こえてきた声にシャルは思わずむせてしまった。
 咳き込みながら友人達を見るとみんなうっとりと頷いている。
 あの冷血漢の何がいいのか、シャルにはさっぱりわからない。上級学部に入ってから友人になった彼女達は時々どうにも夢を見すぎだ、とシャルは内心でため息を吐いた。
 基礎学部から一緒で、ディーンと同じクラスになった事のある別の友人の女の子達は、あれは見ているだけがいいと口を揃えて言う。
 それにはシャルも全く同感だった。

 ディーンは確かに眉目秀麗だとかそういう言葉で言い表せるような容貌をしている。切れ長のすっきりした目も、彫りの深いはっきりした作りもバランス良く整っている。
 だが、シャルにとって彼は顔が良いからと騒ぐようなそういう対象になり得ない。
 基本的にディーンは男女分け隔てなく誰にでも冷たいからだ。唯一の親友と言ってもいいジェイにさえ暖かいことは少ない。
 彼は人への基本的な接し方がそもそも厳しいし、言葉遣いも非常に堅苦しいので相手の事を思っていても実に分かりにくい。
 皮肉を言う事も多いし、表情も乏しい。
 何事も深く気にしないジェイじゃなければあれほど彼の傍にはいられないだろう。
 シャルの中でのディーンは、根暗そうで時々見てるのも鬱陶しい、という少女達とは正反対の評価を得ている男だ。

「あいつを見ていると男は顔じゃないって本当に思うわ」
「またそんなこと言って! それはシャルだからそう思うのよ!」
「あんなにかっこいいのに何が不満なのー? あの切れ長のクールな目で見つめられたら最高じゃない! ちょっとくらい冷たくてもそこがまたいいのよ!」

 ディーンと目が合うと大抵はガン付け勝負になってしまう少女は何も言わずに二つ目のケーキを注文した。
 シャルにとっては切れ長だろうがクールで知的だろうがいつも憂いを浮かべた顔がサイコーだろうが全くの無意味だ。
 二人は根本が似ているから合わないんだというジェイの意見は撲殺したが(もちろん殴って黙らせたのだ)、合わない相手と言うのはやはりいるものだ。
 ディーンに時たま感じる苛立ちのようなものは、ジェイと言い争う時とは全然違う。
 それこそを同属嫌悪と言うのだとシャルは頑なに認めようとはしなかった。

(やっぱり男はちょっと馬鹿くらいで丁度良いわ)

 口に出すと周りがうるさい事が予想できたシャルは、胸の奥でこっそりとそう呟いた。
 その間にも彼女らの好みの男談義は収まる気配がない。
 姦しい少女達の会話を聞きながらシャルは少し疲れを感じていた。
 普段はとても大人しい女の子ばかりなのだが、こういう話題になると何故か誰もがやる気を出してしまう。
 逆にシャルはこういう話題にはあまり乗る気になれなかった。

(前からこんなだったかしらね? 何か……疲れるわ)

 シャルはこっそりとまたため息を一つ吐くと、疲れを癒す甘い物を口に運んだ。
 すると話が一段落したらしい少女達が、シャルの方を向き直った。

「あ、ねぇそういえばシャル、後期の実習なんだけどさ……」
「うん?」
「あの、良かったら……私たちと一緒に、行かない?」
「え?」
 驚いて聞き返したシャルに、少女達はお互いを肘で突付き合って誰が先を言うのかを押し付けあう。
 やがてそれぞれがおずおずと口を開き始めた。

「ほら、風の森は……私たち自信がなくていけなかったけど、もう同じとこは行かないでしょ?」
「そうそう、あそこじゃなかったら、私達一緒に行けるんじゃないかって……」
「人数が多くても良い実習先ってまだ沢山あるしね」
「私達相談したの。ね?」
 うんうん、と全員に頷かれ、シャルは少し困った顔をした。

「まぁ、確かに同じ所を選ぶと評価が低いから続けては行かないけど……でも、気を使ってくれなくても大丈夫よ。また後期も同じメンバーで行こうってもう決めてるの」
 野外実習は毎回組む人間を変えても構わない事になっている。
 実習の内容によって適正人数が違うので、その都度多少の増減があるのも当たり前の事だ。
 けれどシャル達は次もこの四人で行こうと約束をしていた。
 だから行き先は人数に合わせて選ぶ予定になっていて、今のところ他の人間を入れるつもりはなかった。
 しかしシャルの言葉に少女達は口々に更に言い募った。

「でも、ほら魔技科の子と一緒じゃ何かと大変でしょ?」
「そうそう、イージェイ君達もやっぱり苦労らしいじゃない」
「七人だったらどこ選んだって余裕だし!」
「シャル達と一緒だったら楽勝でA判定くらいは取れるよね!」
 シャルは困惑して、目の前の少女達を見た。
 彼女達が一体何が言いたいのか分からずシャルは眉を顰める。

「……悪いけど、意味が良くわからないわ。七人て、一体どういうこと?」
 シャルのその言葉に彼女達はきょとん、と不思議そうな顔をした。
「だって、魔技科の子なんてやっぱり足手まといなんでしょ?」
「そりゃ、風の森に一緒に行ってくれたっていう恩は感じるかもだけど、あの子だってシャル達三人と組めたおかげでS判定取れたんだからそれでチャラじゃない」
「もうそんな苦労する事ないんだしさ」
「そうだよ、今度は一緒に班組もう!」

 自分の友人はこんな人間達だったろうか、とシャルは軽い眩暈を感じそうな気分に陥った。
 要するに彼女らはアーシャを外してシャル達三人と彼女達で班を組みなおそうと言いたらしい。
 しかもアーシャを足手まといだと信じて疑いもしていない。
 シャルの中にふつふつと怒りが湧いてくる。それでもこの祝いを催してくれた彼女達の為に、シャルは激情を抑えた。

「……アーシャは足手まといなんかじゃないわ。それどころかあの子がいなかったら絶対に実習は成功しなかったわ。知りもしないで何であの子を馬鹿にするような事を言うの?」
 シャルの押し殺した怒りが伝わったのか、少女達はびくっと小さく身を引くと強張った笑顔を浮かべた。
「えと、その、馬鹿にするとかそういうつもりじゃなくて……」
 じゃあどんなつもりだったのかと声を荒げたい気持ちをシャルは必死で抑えた。

「だって、魔技科だし……ねぇ?」
「うん、大した魔法も使えないんじゃないかって思って……」
「それに、あの子寝てばっかりだって聞いたし……」
 確かに魔技科の人間は実戦に向いていない事が多いし、アーシャが寝てばかりいるのは確かだ。少女の実力が彼女達にわからなくても仕方がない。
 だがその魔技科の少女に誰よりも助けられたシャルは、そんな事はないと怒鳴りつけてやりたかった。
 アーシャがやった事は軽々しく人には言わない、と当の本人と約束していなかったらきっとそうしていただろう。
 ぐさ、と乱暴にケーキの残りをフォークで突き刺し、シャルはそれを無言で口に運んだ。
 そうしないと本当に怒鳴ってしまいそうだったからだ。
 味の分からなくなったケーキをお茶で流し込み、気分を落ち着けてからシャルは黙っている友人達に目を向けた。

「魔技科だろうがなんだろうが、アーシャは私の大事な友達で仲間なの。彼女といた事で私は沢山助けられて、本当に感謝してるわ。
 あの子のことをどう思ってるのか知らないけど、噂や偏見だけでおかしな事を言わないで」
 怒りを押し殺した声でそれだけ言うとシャルは自分の分のお金を置いて立ち上がった。
 彼女達が奢ると言ってくれていたが、素直に奢ってもらう気にももうなれない。

「待って、シャル!」
「ごめん! そんなつもりじゃ……」
 背中に聞こえる声を完全に無視してシャルは店を後にした。
 足早に街を歩いて寮への道を辿る。
 シャルは友人達の態度にひどく腹を立てていた。

(私だって魔技科の人間が実戦で役に立つのか最初は少し疑ってたけど)

 でも自分は魔技科だからとそれだけで人を見下した事はないはずだ、と思いたい。
 シャルは元来不器用だから、基礎学部で自分で作った魔具はどれも全く役に立たないものばかりだった。
 それを思うと器用に動くアーシャの手は見ていて尊敬するばかりだ。
 魔法科には魔技科を見下している者が多いのは知っていたが、まさか自分の友人までもがそうだとは思っていなかったからショックが大きい。
 大人しい、良い子達ばかりだったのに、と苦々しく思う。
 シャル自身は自分が不器用な事に加えて、昔から祖母の友人の魔技師にローブや護符を作ってもらったりと世話になっていたので偏見はない。
 祖母がそういう謂れのない差別を決して許さない公平な人だったおかげでもある。

 結局彼女達は何が目的だったのだろう、とシャルは歩きながら暗い気分で考えた。
 友人であるシャルと組みたいのか、憧れのジェイやディーンと組みたいのか、成績優秀者と組むことで良い成績を狙いたいのか、それとも魔技科の人間に負けた事が悔しいのか。
 彼女達はあの四人で組んで前期の実習に挑戦したが、魔法科の生徒だけだったためか課題を完璧にクリアする事はできずBプラスくらいの成績だったと聞いていた。

(せめて最初のであってくれればいいけど)

 夏期休暇で少し会わないうちに急に知らない人間になったかのような友人達を思い返し、シャルはため息を吐いた。
 自分が変わったのか、彼らが変わったのか。それとも今まで何も見えていなかっただけなのか。

「あー、もう! めんどくさい!」
 シャルは暗い気分を振り払うように走り出した。
 今日は四人で夕食を食べようと仲間達と約束をしている。まだ約束の時間には早いけど、皆を探そうと先を急ぐ。
 何だか皆の顔が無性に見たかった。






 その夜。

「ねぇ、アーシャ。この二人の顔、どう思う?」
「……へ?」
 夕食の席でシャルは唐突に隣に座ったアーシャにそんな質問をした。
「はぁ? なんだよいきなり!」
「……くだらないな」
 二人の反応を無視し、シャルは彼らを指差してアーシャに問いかけた。

「ね、アーシャ、正直に言ってみて? こいつらの顔についてどう思う?」
「どうって……」
 アーシャはスプーンの端を咥えたままきょとん、とシャルを見た。
 彼女の質問の意図が良くわからなかったのだが、見ればその顔は至って真剣だ。
 それを見て取ったアーシャは目の前で固まっている少年二人に視線を向け、それから素直な感想を述べた。

「……目が二つあって鼻が一つあって口が一つある」
「ぶはっ!」
 素直すぎる少女の答えに、ジェイは飲んでいた水を噴出し、ディーンはパンを手に持ったまま固まり、シャルは何故か目を輝かせた。

「あと眉毛が二本……」
「もうっ、アーシャってばやっぱり最高だわ! なんて素敵な答え!」
 シャルはそう言って嬉しそうに座ったまま手を伸ばして少女に抱きついた。

「ひゃっ」
「そうよ! そうなのよ! その反応を求めてたのよ!」
 アーシャはスプーンを持ったまま、大喜びのシャルにもみくちゃにされてじたばたした。だがシャルはよほど嬉しかったらしく少女の頭を撫で回している。
 ディーンとジェイはそれを眺めながら深い困惑のため息を吐いた。

「……何なんだ」
「さぁ……しかしここまで顔に拘っていないといっそ清々しいものを感じるな」
「あー、まぁ確かに」
 ジェイもディーンも自分達の顔など極めてどうでも良いと思っている。
 なのにそのどうでもいい顔の事で時々面倒に巻き込まれる事がある二人にとって、アーシャの答えは何だかちょっと感動すら覚えるような気がした。

 顔を見合わせて頷き合う少年達の前で、シャルはようやくアーシャを離して今度は上機嫌に何か話しかけていた。
 男は顔じゃないわよね、などと熱心に言われ、少女は首を傾げながらも頷いた。
 シャルと付き合いの長い二人には何となくこの原因を察することが出来た。どうせまた彼女の夢見がちな友人達にでも彼らのことで何か言われたのだろう。
 今は大分減ったが、昔からシャルは少年達への伝言や手紙の橋渡しを良く頼まれ、その全てを断っては顔しか見てない同じ歳の少女らに憤っていた。
 だから何となくシャルがアーシャの答えに大喜びしている気持ちもわからなくもない。
 だが、相手の顔しか見ていない年頃の少女と、その顔すら見ていないアーシャを果たして比べて良いものだろうか。

 少年達は首を捻って考えたが、シャルの喜びに水を差すのも馬鹿馬鹿しい、と結論を出して食事を再開した。
 秋の魚は脂が乗り始めていてなかなかに美味しかった。
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