30:昔の話 |
夜半、アーシャは川原の近くの木に登っていた。 枝に座ってぼんやりと空を見上げる。 森に来てまだほんの数日なのに、もう随分ここにいるような気がする。 皆と出会ってからだってまだほんの短い時間しか立っていない。 けれど三人は今まで出会った誰よりも強い印象をアーシャに与えていた。 ここまでの旅を一日ずつ振り返ると、それが終わってしまうのが惜しいようにすら思える。シャルがどんな結論を出すのかでこの旅の期間も変わるのだ。 明日彼女はどんな答えを出すのだろうと考えてみたけれど、アーシャには見当もつかなかった。 不意にガサガサと草を分ける音や枯れ枝を踏む小さな音が聞こえてアーシャは森を振り返った。 闇の中に小さな明かりが見える。それはゆらゆらと近づいてきていた。 気配から誰かがわかったアーシャは、驚かせないようにと枝から地面に飛び降りるとその場で明かりが近づくのを待った。 「シャル?」 薄っすらと明かりの向こうに見える姿に声をかける。 「アーシャ? こんなとこにいたの」 少女に気づくとシャルは足元に気をつけながら歩み寄ってきた。 彼女は闇の中で目が見える訳ではないのでその足取りは幾分危なっかしい。 「どうしたの? こんな時間に」 「そのセリフそっくり返すわよ。目が覚めたら隣にいないから、どうしたのかと思ったわよ」 「あ、そっか。ごめん」 シャルは少女の謝罪に首を振ると手近な木に灯りを吊るし、その張り出した根にそっと腰を下ろした。アーシャもそれに倣う。 「いいのよ。貴女と話がしたかったから探しにきたの」 「私に……話?」 こくりと頷くとシャルは一瞬躊躇して顔を伏せた。 きゅ、と引き結んだ口を躊躇うようにゆっくりと開く。 「私が……奥に行く為にはどうすればいいと思う?」 「……」 きっとその質問だろうと予想はしていた。 アーシャももう何度も方法はないかと考え続けた。 けれど、結論は出なかった答えだ。 「……一生懸命考えたけど、三つしか浮かばなかったよ。この森の風を無理矢理止めるか、奥に行ってる間中、雨を無理矢理降らせて火の気を中和するか……」 「そんなことできるの?」 「できるよ、多分。でもどちらも、後でこの周囲にすごく影響を残してしまうと思う。それも、悪い影響を」 魔法というものを良く知っているシャルにはアーシャの言葉が良く理解できた。 魔法は決して万能の力ではない。 大きな現象、在り得ない現象を起こすにはそれだけ大きな代償が必要となる。 それが自分の魔力だけならまだいい。だが、実際はそれでは済まない事の方が多いのだ。 大きな魔法を使ったとしたら、その後この周囲にどんな大きな影響が出るのか想像もつかない。 森を愛する少女に、それが解っていながらその行為を求めるのは余りにも利己的過ぎるというものだろうと、シャルは小さく首を横に振った。 「……もう一つの方法は?」 「シャルが……自分の火を治めること」 やはりそれしかないのか、とシャルはため息を吐いた。 自分でも判ってはいたがそれができるかどうかの自信はない。 自分の中を見つめても、それを克服する方法がわからないのだ。 「私……どうしたらいいのか判らないのよ。アーシャ言ったわよね。私が心のどこかで火を恐れてるって。けど、そうじゃないのよ」 「どういうこと?」 「……私は、どこかできっと火を……憎んでいるの」 その言葉にアーシャは目を見開いてシャルを見つめた。 シャルは彼女らしくない弱弱しい笑顔で笑う。 「聞いてくれる? 私の、昔話」 夜の闇が一層濃くなったような気がした。 「そうね、何から話そうかしら……アーシャは私のこと全然知らないものね」 こく、とアーシャは小さく頷く。 それを見てシャルはポツリポツリと口を開いた。 「私ね、生まれた時もう少しで男の名前をつけられるとこだったのよ」 「男の名前? なんで?」 「父親がね、今度こそ跡継ぎの男の子をって望んで信じていて、男の名前しか用意しなかったんですってよ。 ところが生まれたのはまたも女。おまけに母親もそのお産で死んでしまうし、自分の嘆きで手一杯の父は生まれた私を抱く事も新しい名前を考える事もしなかったらしいわ」 アーシャは眉を寄せ、そんなことで、と小さく呟いた。 生まれた子供の性別なんてそれほど些細な事は無い。 この世に生まれた命は全て祝福されるべきなのに。 「いいのよ。結局、見かねた母方の祖母が私に素敵な名前をくれたしね。 引き取って育ててくれたのも祖母なの。だから、生まれは王都だけど育ちはアウレスーラの学園都市ってことね」 『貴女の名前はシャルフィーナにしましょう。貴女が素敵な友達に恵まれるように』 そう言って祖母はシャルを抱き、この名前をくれた。 シャルは疳の強い子供だった。 しかも火に愛された赤ん坊は、泣く度に蝋燭の火を燃え上がらせ、暖炉の炎をくすぶらせる。 生まれてすぐの彼女を預けられた乳母ら周囲はほとほと手を焼いたらしい。 「祖母は名の知れた魔道士で、アウレスーラ学院でも教鞭をとるほどだったし、特に水の魔法が得意で、暴走した私を止めるのにはうってつけだったという訳ね。けど祖母は私を大切に育ててくれたし、いろんな事を教えてくれたわ」 例えば魔法とか、と言ってシャルは笑った。 彼女はシャルの成長に合わせて、感情と魔力を制する術や歌を教えてくれた。 祖母は魔力と祈りを乗せた呪歌を得意とする魔導士だったから様々な歌を知っていた。 童謡、民謡、祭祀に歌われる祈りの歌から古い神を称える歌まで。 シャルも一生懸命真似をして歌い、歌が大好きになった。 祖母はシャルに、水を称える歌を良く聞かせてくれた。 『私はね、若い頃は日照りの夏に良くこの歌を歌ったのよ。日照りの町に行って心からこの歌を歌えば、歌に乗せた言霊が遠く遠く水の女神の元まで届いて恵みの雨が降るの』 そう言って聞かせてくれた歌は何よりも美しかった。 シャルは祖母と二人の世界に何の不満も持たずに成長した。 そんなシャルが父親に会った最初の記憶は五歳の半ばで、もう魔力で火を起こす事は滅多に無くなっていた頃のことだ。 祖母の家を訪ねてきた父は彼女の赤い髪を見て、似ていないな、とだけ言った。 「私は面白く無さそうな顔をしたその人が誰なのかわからず、ただ客に対する礼儀としてこんにちは、と言ったわ」 それが今もって続く、シャルとその父の関係そのものだ。 「私が魔力を制御できるようになったと知った父は、それから頻繁に祖母の家に訪ねてくるようになったのよ。でも目的は私じゃなくて、祖母と話をする事だったの」 彼はシャルを王都の貴族の娘の大半が通う有名な学校へ入れたい、と祖母を説得に来ていたのだ。シャルがそれを知ったのはもっと後のことだった。 シャル本人の希望通りアウレスーラに入れるという祖母と、魔力の制御が出来るならそれ以上の魔法なんかいいから将来の為に王都の学校へ入れるべきだ、と言う父は会う度口論していた。 「もう、ほんと最悪の仲だったわよ。母親が生きてた頃は、おばあちゃんも娘の夫だからって遠慮してたらしいんだけど……で、結局、私が六歳になる少し前、決定的な出来事が起こったのよ」 その日、シャルは学園に招待講演をしにいった祖母を見送り一人で留守番をしていた。 そこに、父が訪ねてきたのだ。 祖母はいない、とシャルが言うと父は彼女に家に来ないかと言った。 今日は弟の誕生日で、弟がシャルに会いたがっているから迎えに来た、と父は言うのだ。 シャルはまだ見た事のない、腹違いの弟に興味を持った。 王都には何度も行っていたが、行き先はいつもジェイの家だけで実家は訪ねた事がなかったのだ。 祖母に言わないと、と言う彼女に、書置きを残せばいいと父は言い、結局シャルは誘われるまま馬車で三時間ほどの王都へ父と向う事を選んだ。 「記憶にある限りほぼ初めて訪ねた実家はね、そりゃもうきらびやかで悪趣味極まりない家だったわ。珍しくてあちこち回ってみたけど、姉達も弟も、どこか余所余所しくてまるで他人みたいだった」 結局、早々に屋敷に飽きたシャルは、夕方が来る前に家に帰りたいと父に言った。 けれど父はそれを許さなかったのだ。彼はシャルに、王都に留まりここから学校に行けと言い張った。 『王都の学校はあんな田舎の学園よりもずっと優れている。お前をきちんとした淑女に育ててくれるんだぞ! 魔法なんかを学ぶよりも、そこに通ってどこに嫁に出しても恥ずかしくないような娘になるべきなんだ!』 嫌だ、と言い張り暴れるシャルはとうとう離れに閉じ込められ、鍵をかけられてしまった。 「閉じ込められながら、私はずっと怒っていたわ。理不尽な事をいう父だと言う男と、こんな所にのこのこ来た自分に。今思えば心細いとか怖いとか帰りたいとか、そういうのを全部隠す為に、怒りに変えたのよ」 不安を怒りで覆い隠して一人耐えていたシャルの所へ祖母が駆けつけたのは、その日の夜だった。 騙すようにシャルを連れ去った父を祖母は激しく怒り、シャルを今すぐつれて帰ると言ったらしい。 「何でお父さんはそんなにシャルを王都の学校へ入れたがったの?」 「それがねぇ……」 シャルは困ったように笑いながら自分がそれを知ったあの日の事を苦々しく思い出した。 怒鳴る祖母を見たのはあの日が最初で最後だ。 あの時の祖母は普段の穏やかさをかなぐり捨てるように怒り狂っていた。 発端はシャルより四つ年下の弟だった。 母に死なれたシャルの父はその二年後に再婚し、そして更に二年後、今度こそ待望の男の子を得た。 やっと生まれた跡継ぎに最良の人生を歩ませるのだ、と彼はずっと心に決めていた。 最高の教育を受けさせ、出世の見込める職業に就かせ、そして出来れば位の高い貴族から最高の嫁を貰うのが彼の望みだった。 その為の準備は早い方がいい、使える駒は何でも使うのだ、と彼は考えた。 幸い彼の手元には三代に渡って商売で培ったコネと、賄賂や贈り物に使えるたっぷりの金と、そして四人の可愛らしい娘がいた。 彼は待ちに待った息子が生まれた時に、それら全てを有効に使って息子の代に下級貴族から脱却する事を夢見たのだ。 まずは三人の上の娘をそれぞれそれなりの相手と次々に縁組させた。 中級くらいの貴族や商売の付き合いのある富豪との縁は今後に役に立つ。 そして最後に目を向けたのが、今は一緒に住んでもいない四番目の娘の存在だった。 『惜しいと思わないんですかお義母さん! あれだけの魔力があればどんな貴族にだって求められるんですよ!』 力があることが権威になるのはどの世界でも変わらない。 こと貴族の間では昔から、魔力の高い人間は多少地位が低くても嫁や婿や養子に欲しいという話が少なくない風潮がある。 『火じゃなく光の精霊に愛されていれば言うことはなかったが、それでも嫁に欲しいという大貴族は多くいるはずだ。そうすればそのツテで息子にだって最良の嫁を探してやれるんです!』 『冗談じゃありませんよ! 貴方は自分の息子の為に、娘を捨石にしようというのですか!?』 『家の為です! それにあの子にだって悪い話じゃない。魔力はもう制御できるんだし、後は淑女になる為の最高の教育を受けられて、求められて嫁に行けて実家の格も上がる。女としてこれ以上望むことはないはずだ!』 『それを望むかどうかはあの子が決めることです!』 シャルが閉じ込められた離れの前で繰り広げられた言い争いは二階の窓からそれを見守る彼女にも聞こえていた。 『貴方が娘に交際を申し込んだ時から気になっていたけれど……もしかして貴方は私の娘だからあの子に近づいたんじゃないのですか!?』 父の家系にはそれまで魔力の高い者はほとんど生まれてこなかった。 そういった家の人間が多少なりとも魔力が強い家系の人間と縁と結びたがるのもよく聞く話だ。 祖母は自分の娘の結婚を認めたものの、その心の奥底ではずっとそれを疑っていたのだ。 祖母の家系は代々魔力が強い傾向にあったが母はそれほどの力は持っていなかった。 だからあるいは気のせいかとも思ったのだが、それでもその子供に魔力が受け継がれる可能性は皆無ではない。 結局生まれた子供達の中で魔力が強いのはシャルだけで、それも持て余されて捨てるように祖母に預けられたから、彼女もしばらくはその疑いを薄めていた。 だがここへ来てのシャルに対する父親の執着はそれを期待していたと再び祖母に思わせるには十分だった。 『娘が幸せだ、というから黙っていたけれど……』 父は否定も肯定もしなかった。 けれどそれこそがその答えを語っていると、幼いシャルにもおぼろげに理解できた。 シャルはとても悲しかった。 何がとは上手く言えないけれど、多分何もかもが。 (こんな家、なくなっちゃえばいいのに) 消えてなくなればいい、とシャルは望んだ。 祖母が声を荒げるのも、父という人が醜く笑うのも、もう見たくなかった。 (なくなっちゃえば、もうここにいなくてすむのに) シャルの心に浮かんだ強い強い願いに、精霊は応えた。 精霊は愛する者を裏切らない。 離れが突然の業火に包まれたのはその直後の事だった。 「……それで、どうなったの?」 「勿論離れは全焼よ。幸いその時離れには私以外誰もいなかったから怪我人なんかは出なかったし、母屋に燃え広がる前に祖母が止めてくれたけどね」 そう、と呟くとアーシャは俯いた。 幼いシャルを追い詰めた出来事が悲しかった。 「私、一生懸命火を止めようとしたのよ。なくなればいいと思ったけど、まさか本当になるとは思わなかった。けど、全然精霊は言う事を聞かなくて……火は私には優しくて、触っても少しも熱くなかったけれど、怖かった。すごく怖かったわ」 火の中で気を失い、次に気がついたのは母屋の客室のベッドの上だった。 祖母が心配そうに覗き込んでいたのをシャルは良く覚えている。 火を制御できなかった事を思い出し、ごめんなさいと謝るシャルに祖母は優しく笑って、帰りましょうとだけ言ってくれた。 「帰る支度をしていた時、実家の人間が私を見る目はそりゃもう最悪だったわ。まるで化け物でも見るかのような顔だった。その時にね、姉が……二番目だったかしら? 怒ったような顔で近寄って来て怒鳴ったのよ」 『離れの物は皆燃えたのよ! あそこにはお母様の形見がいっぱいあったのに!』 あの離れは母が好んで使っていた建物だったという事をシャルはその時初めて知った。 大きな家を好まなかった母の為に父が建てた物だったのだ。 そこは生前の母が好んだままに整えられ、思い出の品が沢山置いてあったのだという。 『お母様の思い出を返してよ! あんたなんか妹じゃないわ!』 チクリ、と小さな痛みがシャルの胸を指した。 まだ胸が痛むとは思っていなかった。 もう昔の事だ、と思っていたのに。 「そんなの、シャルのせいじゃないよ……」 この話を誰かに語ったのは初めてだった。アーシャの切なそうな顔がシャルには少し辛い。 そんな顔をさせてしまった事を申し訳なく思いながらシャルは首を振った。 「私のせいよ。後は、父のせいでもあるかしらね? なんにせよ私はその姉の言葉で、自分と家族の全ての繋がりがその時断たれた事を知ったの。私が、自分のこの力で断ったのよ」 祖母とシャルの、二人だけの生活は満たされていた。 どこかに他の家族がいるのだと知ってはいたけれどそれだけで、シャルはほとんど興味を持たなかった。 なのに、初めて顔を合わせて、それでもぎこちなく微笑んでくれたりもした彼らとの繋がりや、顔も見たことのない母親の思い出の品がそうと知る前にもうなくなったのだ、という事実はシャル自身も予想しなかったほど彼女を打ちのめした。 シャルは祖母の家に帰ってから熱を出し一週間ほど寝込んでしまった。 起き上がれるようになってから鏡を見ると、もう彼女の髪は今のように茶色く変わってしまっていた。 「私……後悔はしてないのよ。アウレスーラに行って、魔法を学ぶのは楽しいわ。自分の力を伸ばすのはすごく楽しい。けど……」 祖母の葬式に彼らは一応家族揃ってやってきた。 父は元のような赤い髪でなくなったシャルを見てほっとしたような顔をした。 それ以外の家族は、彼女を見てもそこにいないかのような扱いだった。 彼らはほとんど顔を合わせた事もない母方の祖母の死に、さほど悲しみも感じなかったようだった。 シャルや、数多く駆けつけた祖母の友人達が嘆くなか、彼らはおざなりに式に参列した後、何の感慨も見せず馬車に乗って去っていった。 帰り際に遠くから見送った、その家族らしい光景がシャルには苦しかったのは何故なのか。 「ごくたまに、思う事があるの。もし……もしよ? 私が、火の精霊に愛されていなかったら……私は、家族に愛される事があったのかしらって。あの中に入る事ができたのかしらって」 女に生まれたのも、お産の床で母が死んだのも、火の精霊の加護を受けたのも、何一つシャルのせいではない。 なのに自分のせいではない事によって彼女は与えられてしかるべき物を何一つもらえなかった。 その、名前さえも。 「私……火が、好きよ。火の精霊が私に応えてくれること、すごく感謝してる。なのに……心のどこかで受け入れてないってこと、ずっと分かってた。どこかで、火の精霊に愛されなければって思ってるのよ」 膝の上で固く握られたシャルの手はかすかに震えていた。 ずっとそれを認めるのが怖くて、シャルは自分の内面から目を背け続けてきた。けれど今それを認めなければ自分の道はここまでだと言う事も彼女にはわかっている。 「……最低よね。精霊達にいつだって助けてもらっていながら、こんなひどい話ないわよね? 愛されていながら、心のどこかで彼らを……本当は憎んでるだなんて!」 アーシャはキュ、と唇を噛んだ。 苦しそうなシャルが悲しい。 彼女の周りでずっと悲しそうにしてる精霊達が悲しい。 けれど、それはここにいる誰のせいでもないのだ。 「……アーシャにね、ずっと聞きたかったの」 「何を?」 「精霊は、私をどう思ってるの? 本当は精霊達にはこんな私の思いなんて全部通じているって、きっと分かってしまっているって思ってたのよ。でも、精霊達は変わらず力を貸してくれる。どうしてなの? 何故彼らは私を見捨てないの? 貴女が精霊と話せるって分かってから、ずっと……それが、知りたかったの」 精霊が彼女をどう思っているのか、アーシャはその言葉を受けてシャルの周りにいる精霊達に意識を集中してみる。 彼らはいつもと変わらない。ただ悲しそうにしているのが分かる。 (何故悲しいの?) アーシャは心の中で呼びかけてみた。 誰かの支配下にあったり、その人を慕って周りに集っている精霊は呼びかけても答えを得にくい。 本人の意思とは無関係に傍にいる精霊は下級の場合が大半だから尚更だ。 だが彼らがシャルをどう思っているかというのは聞かなくても分かる。 彼らはシャルを深く愛している。それに間違いはない。 けれど悲しいのは何故なのかアーシャには分からなかった。 シャルに憎まれているからか、とも思ったが少し違う気がする。 (何が悲しいのか教えて) 何度か呼びかけると彼らは小さく応えを返してきた。 アーシャの胸に届いた小さな声。それは ―― 謝罪の声だった。 「……謝ってる。悲しんで、シャルに謝ってるみたい」 「謝るって、何故? 謝るのは私の方じゃないの?」 うーん、と小さく唸ってアーシャは首をひねった。 |
←戻 novel 次→ |