貯金箱




「この前、秋冬物をとりに実家に行ったらさ、押入れからこれが出てきたんだよ。」
用があって訪れた成歩堂の事務所でお茶を飲んでいた時、唐突に成歩堂が切り出した。
机の下からごそごそと取り出された何かは、丸いフォルムとつぶらな目が愛らしい定番の、
しかし私はいまだに一度も持ったことのないものだった。

「…これはどう見ても貯金箱だな。」
「そう、しかもぶたさんの。定番すぎだよね。」

そういってくすくすと笑いながら成歩堂はそれを軽く振ってみせる。
中身が揺られてジャラジャラと音を立てた。
沢山入ってるわけではないが、それなりにがんばって貯めたのであろう音がする。

「…貯金箱はさして珍しいものでもない気がするが?」
「それはそうなんだけどね。」

ここ見てよ、と貯金箱をひっくり返して成歩堂が指し示した場所を見ると、
何か青いクレヨンか何かで落書きがしてあった。
よく見れば落書きではなく、それは名前だった。

”なるほどう りゅういち”

「…そういえば君は昔から余り字が上手くなかったな。」
「突っ込むとこはそこじゃないだろ!」

むぅ、と頬を少し膨らませながら文句を言う。
そんな成人男子の存在が許されるのは
成歩堂ならではなのではないかと思わせる姿だ。

「これ多分小学生の時のやつなんだ。
最初これが出てきた時、何で貯金なんかしてたのか思い出せなくてさ。
でも大事にとってあったところを見ると何か目的があったんだろうって考えたんだよ。
それで、思い出したんだ。」

「貯金していた目的を?」

「そう。これさ、実は御剣に会いに行こうと思って始めた貯金だったんだよ。」

その言葉に思わず目を見張った。そんな私の様子に気づく気配もなく、
一緒にこれが出てきたんだ、と成歩堂はもうひとつ今度は小さな箱を取り出した。
それは小学校では定番の、12色の絵の具セットだった。

「絵の具セット?」
「うん、これ実は御剣のなんだよ。」

そういって箱の表の右下を指して見せた。
なるほど、そこには確かにたどたどしくもきちんと御剣怜侍と書いてある。

「これが一緒に出てきたのをみて思い出したんだけどさ。これ、御剣が僕に貸してくれたんだ。」

覚えてないかな?と言われたものの心当たりはなかった。
そもそもあの頃の記憶はその後の事件にかき消され、幾分不確かなところを持っているのだ。

「御剣が…転校する前にさ、図工で絵を描いてたんだよ。
けど、僕あんまり絵は得意じゃなかったから時間内に終わらなくてさ、宿題になったんだ。
なのにその日、絵の具を学校に忘れちゃってさ。取りに行こうかって迷ってたら
一緒に帰ってた君が、もう終わってるから自分のを貸してくれるって言ってくれて。」

でも返そうと思って持ってきた日、もう君は学校に来なかったんだ。

成歩堂は少し寂しそうに懐かしそうにそう呟いた。

「それで、その後君は学校にこないまま転校しちゃっただろ?僕は絵の具を返したくて、
君の引越し先を先生に聞いたけど、それはずいぶん遠くだった。
だから、この貯金を始めたんだよ。」

いつか君に会いに行って、これを返そうと思って。

そういってまた貯金箱を振ってみせた。
ジャラ、と響く音が切ないような気持ちを募らせる。
私に会いに来るために貯金箱にお金を落とす君の姿を想像すると、
それだけでもう何かが満たされたようなそんな不思議な気分だった。

「結局、なかなか貯まらなくてかなわなかったけど。ごめん。」

もういまさら返されても困るだろうけど、と成歩堂は困った顔をして少し笑って見せた。

「…それはまだ使えるのか?」
「さぁ、どうかなぁ・・・固まってるのもあると思うけど、水で溶けば使えるかもね。」
「なら、春実くんにあげればいい。彼女ならまだ使う年頃だろうし。」
「あ、そうだね!さすが御剣!」

けどハミちゃんも図工苦手なんだよ、と笑う姿を見ながら目の前の貯金箱を手にとってみる。
きっと小銭ばかりなのだろう、手に取ったそれはずしりと重く、けれど満タンというわけではない
ところが成歩堂らしくてかえって嬉しかった。幼い頃も今も彼だけがこんな風に私の心を
簡単に暖かくしてしまう。

「この貯金箱はどうするのだ?」
「あ、それ? うーん、また貯めようかと思って。」
「今度の目的は?」
「んー、そうだなぁ…じゃあ今度こそ貯まったら君に会いに行くよ。
それで、その中身で君に何かおごるっていうのはどうかな?昔のお礼に。」

「…そうか。なら、期待しないで待っていよう。」
「ちょっとは期待してるとか、うそでもいいから言ってくれよ!」
「検事は嘘をついてはいけない法律があるのを知らないのか。」
「…この嘘つき!」

そう言いながら明るく笑う声を聞いて、
(今度こっそり時々中身を足しておこう)
と私は密かに考えていた。




相方の旭さんからの賜りモノです。マイプレシャス・・・!!!
なんですか、この素で出来上がっちゃってるラブリーカップルは!!
ナルホドくんがナチュラルに告りすぎですよー!
これで期待するなって言うのは検事殿可哀想!!(笑)(笑うのか)