リップクリーム


「ナルホドくん、これあげるよ。」

そう言って唐突に真宵ちゃんが渡してくれたのは白いスティック状の小さな物体。
手にとって良く見るとリップクリームだった。

「リップクリーム?何で僕に?」
「昨日間違って余計に買っちゃったんだよ。ナルホドくん最近唇が荒れてるし、
ちょうどいいと思って。お肌の曲がり角は大変だよね。」
「・・・男にお肌の曲がり角って言われても困るんだけどな・・・大体くちびるが
荒れてるのは秋になって空気が乾燥してきてるからだろ。」
「わかってないなぁナルホドくんは。最近は男の人でも化粧する時代だよ。
そんなことじゃ乗り遅れちゃうよ!」
「そんな風潮乗れなくても全然いいよ・・・」
「まぁ、そうだね。ナルホドくんだしいいかもね!
あ、リップクリーム280円だよ。」
「・・・くれるんじゃなかったわけね。」

相変わらずちゃっかりしているなぁ、と思いつつ
いい加減諦めがついてる僕は素直に財布を開き真宵ちゃんにお金を渡した。
まいど!と言いながら部屋を出て行く後姿を見ながら、残ったリップクリームを手の中で
転がしてみる。確かに最近乾燥気味で唇が割れたりすることがあるからまぁいいか、と
ぽん、とふたを取って根元をくるくると回してみた。
乳白色のリップクリームが顔を出す。
甘い匂いに気づいて、鼻を近づけてくん、とかいでみると
なんだか花のような果物のような匂いがした。良く見ると可愛い模様の中に小さく
「ピーチ」と書いてある。どうやらピーチの香りつきと言うわけらしい。
こういう匂いは嫌いじゃないけど、口につけるとなると別だなぁと思う。
それでもまぁ試しに、と唇に塗ってみた。
女の人が口紅やリップをつけている姿は悪くないと思うけど男がつけてる姿と言うのは
あんまり人にみられたくないな、と考える。
乾いた唇を薄い膜が覆ったみたいな感じがして、乾燥して痛かったのが和らいだ。
けれど、ふんわりと香る甘い匂いがやっぱり少し気になる。
ぺろ、と上唇を少しなめてみると、甘くはなかったけれどなにか変わった味がした。

「こういうのも良し悪しだなぁ・・・」
「何が良し悪しなのだ?」

急に後ろから声がして、僕はびっくりして振り返った。

「わっ、びっくりした!御剣、いきなり後ろに立ってるなよ!」
「失敬な、ノックをしただろうが。」
「えー?聞こえなかったよ・・・。」

びっくりしたからついブツブツ言ったもののまぁそれなら気づかなかった僕が悪いんだし、と
とりあえず御剣に席をすすめた。
そういえば今日は午後から仕事の合間に古い資料を持ってきてくれるという
約束になっていたんだった。すっかり忘れてた。

「何を独り言を言っていたんだ?」

ソファに腰を降ろした御剣はさっきの話をふってきた。

「ああ、んーと、さっき真宵ちゃんからリップクリームを貰った・・・というか買わされたんだけどさ。
付けてみたらなんか甘い匂い付きなんだよこれ。こういうのって女の子がしてるのは
いいけど、男がするにはどうかなぁって思って。キスした時とかに甘い匂いがするのとかは
そりゃ悪くないんだけどね。」
「・・・・・・」

あれ?御剣の顔が急に怖くなった。何か嫌な話題だったのかな?

「なんだよ、怖い顔して。」
「・・・いや、別に。」

そんな顔しておいて別にもないもんだと思うけど・・・。
うーん、何か嫌な思い出でもあるのかなぁ、と考えたけど御剣の交友関係って
あんまり想像がつかなかった。女の子に人気はすごくありそうだけど、本人は無愛想だし
特に遊ぶタイプじゃなさそうだし。御剣の周りの女の子で知ってる人って言えば
狩魔冥くらいだけど、彼女はリップクリームなんて可愛いタイプじゃ・・・。

「・・・そういうタイプが好きなのか?」
「へっ?あ、あぁ、女の子の事?うーん・・・まぁ、どっちかって言うとそうかなぁ。
でもあんまり良くわかんないかな。女の子にはそんなに良い目見た記憶がないんだよね・・・。」

ハッキリ言っていつも色んな女の子に振り回されるだけ振り回されてる気がするし。
僕って女運悪いのかなぁ、と時々考えるくらいだ。

「別にリップクリーム一つでどうこうっていう話じゃないよ。ただ僕はこういうのを
自分がつけるなら無香料のがいいって話だよ。」

ぺろ、ともう一度唇をなめるとやっぱり変な味がした。
食事をする時に気になりそうだなぁと思いつつ御剣を見ると、また変な顔をしている。
顔をちょっと赤くして眼を見開いて。小さい目がもっと小さく見えてちょっと怖い。

怖い顔にだけバリエーション豊富な男だよなぁ、と失礼なことを思いながら眺めてたら
御剣の唇も結構荒れてることに気がついた。
まぁ、男なんて皆そんなもんだよな、となんとなくほっとする。

「御剣、お前も唇結構荒れてるよ。付ける?コレ。」

そういってリップクリームを投げてやると
「えっ!?」と言ってそれをあたふた受け取った御剣はそのまま固まってしまった。

「お肌の曲がり角なんだから気をつけろってさ。失礼しちゃうよな。」

大体唇もお肌に入ってるのかなぁ?という僕の声は耳に届いてないようで、
お互い無縁そうなものを受け取ったからか、御剣は僕の顔と自分の手元を交互に見比べて
なんだかオロオロしている。その様子が可笑しくて僕はくすくす笑ってお茶を入れるべく
席を立った。
男がリップクリームを塗ってる姿なんて別に見たくないし、きっと見られたくないだろうしね。


結局その後どうにかぎくしゃくとリップクリームを塗ったらしい(あまり命中してなくて器用に
はずれてたみたいだけど!)
御剣はこれを譲ってもらいたいと言い出し、
香りつきのリップクリームは晴れて旅立っていったのだった。
後日律儀に御剣が買って返したのはありがたいことに無香料で、
この冬ずっと僕の唇を守ってくれたのだった。

御剣が時々甘い匂いをさせてるのはたまらなく可笑しかった事はナイショで!


相方の旭さんに裏技を使っておねだりしました!す、すごい面白いんですけど!!
彼の為に法廷の女神も憐れむに違いありませんね!(でも恋の女神は・・・)
アワアワしている姿がものすごく眼に浮かんで焼きつきそうでした。
てか検事がくれたリップ絶対先に使ってるでしょ・・・・!!!(疑いの眼差しで)
書いてくれた旭さんありがとうございます!