33:秘密の欠片 |
「……」 今日も森は風は強いがいい天気だった。 四人は森の奥の広場に体を寄せてしゃがみこみ、良く晴れた空をポカンと見上げていた。 バサバサ、と大きな羽音と共に強い風が吹き付ける。 飛ばされないように十分に距離をとってあったが、それでも体重の軽いアーシャは三人の体の影に隠れさせてもらって風を避けて姿勢を低くしていた。 シャルの降らせた雨が止んだ後、四人は服を乾かして荷物をまとめ 、昼前に森の奥へと出発した。 今度こそ、シャルは具合を悪くする事なく一人でちゃんと歩く事が出来た。 森の奥に大分近づいた所で日が暮れ、奥の広場への到達は翌日に持ち越された。 そして今日、森に入って七日目の昼少し前にとうとう最奥にたどり着いた一行は、目の前にゆっくりと降りてきた巨大な生き物を呆然と見詰めているのだった。 グリフォンはふわりとその大きさや体重を感じさせない動きで地面に降り立った。 金の瞳が四人を順に捕らえて興味深そうにきらめく。 その瞳には確かに知性が感じられ、アーシャ以外の三人は思わず息を呑んだ。 先に近づいたのは勿論アーシャだった。彼女は固まっている三人を置いてぱたぱたと小走りでグリフォンに近づくとばふ、とその首に抱きついた。 「……!」 その行動に三人が声にならない悲鳴を上げているのも知らず、アーシャはグリフォンを見上げて気軽に挨拶を交わす。 『こんにちは、西風の王。約束通りまた来たよ、今度は皆で』 『よく来た、グラウルの娘。待っていたよ。あちらが仲間かな?』 うん、と頷くとアーシャは固まっている三人の方へ振り向いて手招きした。 「大丈夫だよ。ね、教えたとおり言ってみて」 その言葉に恐る恐る近づくと、三人は夕べ教わった古代語での挨拶を口にする。 『……こんにちは』 『こ、こん、にちは』 『こここ、コ、コニチワ』 ぐるる、とグリフォンはそれに唸りを返し、三人は思わずびくりと身構える。 それが笑い声だと知っていたアーシャは大丈夫だ、と三人に声をかける。 「笑ってるよ。こんにちはってさ」 恐ろしい笑い声に思わず顔が引きつったが、どうやら歓迎されているらしい事を知って三人は胸を撫で下ろした。 その間にアーシャはグリフォンと何ごとか会話と交わしていた。 といってもグリフォンは軽く唸るだけなので、アーシャが一方的に話しかけているように見える。 古代語で交わされる会話はシャルやジェイには全く聞き取れない。ディーンだけがかろうじて幾つか単語が聞き取れる程度だった。 『一昨日はどうもありがとう。おかげで間に合って、皆を助ける事が出来たよ』 『どう致しまして。無事に降りられたのかね? 突然飛び降りたから随分驚いたのだが』 どうやらアーシャは、彼に低く飛んでもらった後何も言わずに飛び降りていたらしい。 『ん、大丈夫。木に助けてもらったし』 『それならいいが、余り無茶をするのは感心しない。人は壊れやすいのだから大事にした方が良い』 『……はぁい』 人ならざる者にまで注意されてしまった。だがアーシャはそれもなんだか嬉しかった。 それから少女は振り向き、まだ固まっている三人を一人ずつ示して紹介した。三人は名前を呼ばれるとぎこちなく頭を下げた。 『火の娘はどうやら良い形に落ち着いたようだな。そなたの友達はどれもなかなか見所がありそうだ』 『……友達?』 『ああ、違うのかね?』 「ね、アーシャ。何て言ってるの? 何かこっち見てるけど」 何か自分たちの事を言われている事に雰囲気で気づいたのだろうシャルが質問してきた。その質問にどう答えたらいいものかアーシャは少し迷う。 「あ、えと、その……私の、と、友達は皆見所がある、って……」 「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない! やっぱり見ればわかるのかしらね?」 「シャル、お前……。気持ちはわかるけど、もうちょっと……」 「謙虚さの欠片もない返答だな。アルシェレイア、今のは通訳しなくてもいいぞ」 「何言ってんの、実力に裏打ちされた単なる事実よ! 事実を語るのに謙虚になる必要がどこにあるのよ!」 シャルはすっかりいつもの調子を取り戻している。 むしろしばらく大人しくする事を余儀なくされていた分、鬱憤を晴らすかのように全開だった。 友達、と言った言葉を誰もが否定しなかった事にアーシャはほっとすると同時になんだか恥ずかしいような何とも言えない気持ちになった。 グリフォンに対する怖さが薄れていつの間にか近くに寄ってきている三人の顔が見れなくて、慌ててグリフォンの方に向き直る。 そんな彼女を面白そうに見つめる金の瞳と目が合う。照れ隠しに手を伸ばすと大きな嘴が優しく触れた。 不意にグリフォンが立ち上がり、翼を半分広げて奥の方へと歩き出した。 「付いて来いって」 四人は慌てて歩き出し、翼の影に隠れるようにしてその後を追った。 やがて彼らはついに、見上げても上が良く見えないような高い崖と、その崖に埋め込まれるようにしてきらめく緑色の石碑の前に辿りついた。 「これが……」 「ついに来たのね」 「きれいだなぁ」 思い思いの感想を呟きながら三人はそれを眺める。 ついにここまで来た、という思いが胸に迫る。 本当はほんの数日の旅だというのに、もう随分長い時間がたっている気がした。 『さぁ』 グリフォンに促され、アーシャは小さな手をそれに伸ばした。 ぺちぺちとその磨き上げられた表面を叩く。 「多分これでいいんじゃないかと思うんだけど……皆もこれに触ってみて?」 ぺた、と三人も次々に石に手を伸ばした。ひんやりとして滑らかな感触が心地いい。 最後に、一旦手を離していたアーシャが再びそれに手を触れた。 「あ!」 「わ、光った!?」 「手を離すな、ジェイ」 変化は、四人の手が石版に触れた途端の事だった。 ポゥ、と石版が内側から緑の光を発したのだ。 ジェイが驚いて一瞬手を浮かすと光も呼応するかのように弱くなり、彼は慌ててもう一度石版に手を這わせた。 「あ、文字が」 見上げれば光を帯びた石の表面からは先ほどまで彫られていた文字が消え、薄っすらと新しい文字が浮かび始めている。 「なんて書いてあるのかしら。アーシャ、読める?」 「えーとね、『幼子らよ、祝福を求めるならば汝らの名を捧げよ』 だって」 「順番に名乗ればいいのか?」 「まぁ、恐らくはそうだろう」 四人が顔を見合わせるとシャルがにっこり笑って真っ先に名乗りを上げた。 「私はシャルフィーナ・ラド・ブランディアよ! 未来の大魔道士ね!」 「最後のはいらないんじゃ……いやあの、俺はジャスティン・ジャン・イージェイ」 「ディラック・アルロード」 「アルシェレイア・グラウルだよ」 順番に名乗る四人の声に反応して石版の光は小さく明滅を繰り返した。 最後にアーシャが名乗った時、石版が一際大きく光った。 その眩しさに一瞬四人が目を瞑り、そしてまた開くとそこに書かれている文字は再び変化を見せていた。 「アーシャ、今度はなんだ?」 アーシャは素早く目を走らせて文字を読み上げた。 「えっと、『汝ら、その旅路の終わりに……何を求める』 かな?」 「その旅ってこの旅のことか?」 「その、というのだから違うんじゃないのか? 言葉の雰囲気としては、学生時代とか人生とかといったもっと大きな意味を含んでいるように感じるが」 「石版の癖に随分哲学的な質問するのね。けどいいわ、どうせ私は一つだけだもの。私が求めるのは自由よ。私という魂の自由!」 「俺は……強さかな? 大事なもん守れるくらいの」 「……真実だ。己にとっての真実を」 「……」 アーシャは言う事が見つからずに黙ってしまった。そんな彼女を三人が心配そうに見つめる。 「アーシャ?」 「うん……求めるもの、だよね」 とは言ったものの何も思いつかなくてアーシャは途方に暮れる。少女には昔から積極的に何かを求めた記憶がほとんどないのだ。 本当に求めるものはもう手に入らない。それ以外に欲しいものは何一つなかった。 だが、なかったはずだ、と考えた時、一つだけ心に引っかかる言葉が浮かんだ。 それはこの石版にも刻まれていた言葉。 その存在を彼女は疑っていたけれど、今ここに皆と立っている事はその証の一つでもあるような気もする。 アーシャは迷いながらもゆっくりと口を開いた。 「き……絆、を。自分が、どこかと繋がっているという証があったなら……」 いい、という最後の声は小さくかすれて消えた。 ポゥ、とまた光が一際強くなる もう一度四人が目を瞑り、そしてまた開いた時にはやはり石版の文字は変化を見せていた。 『 幼子よ、汝ら求める道は遠くても その旅路にいつも良い風が吹くよう ここに祝福を贈る 』 アーシャがその文字を読み上げる。けれど何も起こらない、と思った次の瞬間、石版に当てていた四人の手の平がずぶりと中に飲み込まれた。 「キャア!?」 「うわっ!」 「ひゃっ!?」 「……!」 石の中はその外側と同じくひんやりとして、まるで冷たいゼリーに手を突っ込んだような感触がした。 四人は驚いて慌てて手を引っこ抜いた。その途端石版の中に灯っていた光はすぅ、と消えうせた。 後にはただ、最初と変わらない文字を刻んだ石版が残った。 四人は思わず顔を見合わせる。 「な、なんなのよっ!?」 「び、びびったぁ」 「む?」 「あ」 慌てて抜いた手は無意識の内にこぶしを握った形になっていた。 その手に違和感を感じてアーシャとディーンはそっと握った手を開いた。 「あ……!」 「これは……」 二人の手の中にあったのは、親指と人差し指で輪を作ったくらいの直径の、緑色に透き通った丸い石だった。 よく見ると森の緑の中に透明な部分が混じりあい、角度によって薄い緑にも見えるような不思議な色をしている。 二人の手の中の石を見て慌ててシャルとジェイも手の平を開くと、やはり同じ石を一つずつ握っていた。 「わぁ、綺麗ね……」 シャルがうっとりと呟いてその石を光に翳す。するとその石の中心に一瞬小さな光が見えた。 「これが祝福って奴なのかな?」 「恐らくはそうなのだろうが……一体どういうものなのか」 アーシャはじっと石を見つめたまま動かなかった。 少女はこの石を知っていた。少女の知っているものとは違うけれど、これはきっと―― アーシャはくるりとグリフォンの方へ向き直った。彼は楽しそうに子供達を見つめたまま、ただそこに佇んでいた。 『西風の王、これは……』 『久しぶりに楽しい時を過ごした。お前達の答えが面白かった故、特別に少しばかりおまけをつけておいた』 その言葉にアーシャは目を見張り、やはりと思う。 幾つもの疑問が頭を過ぎる。 これが自分が知っている類のものならば、彼は。 『貴方は……貴方は、どうして、どうやって―― 』 ぐるる、とグリフォンは喉の奥で笑った。そしてすく、と立ち上がり急に翼を広げる。 『我らにも色々ある、と言ったろう、グラウルの娘。だがそなたなら、あるいはいつかそれを見出すかも知れぬ。しかし今はまだ早い』 バサ、とグリフォンは大きく羽ばたいた。 「ひゃっ!」 「アルシェレイア!」 風に煽られよろけて転がりそうになったアーシャをディーンの腕が捕まえた。 アーシャはよろよろとその腕にしがみつき、飛び立とうとするグリフォンを必死で見上げた。 『待って!』 『いずれかまた会おう、無垢なる白よ。その時にはそなたの求めるものがその傍にあらん事を祈る』 風に耐えながら見上げる四人の前で、グリフォンはゆっくりと羽ばたき、飛び立って行った。 力強いその姿が悠然と崖よりも高く上り山の中に消えていく。 その姿が完全に見えなくなるまで、四人は呆然とそこに座り込んでいた。 「……で、結局、この石ってどういうものなのかしらね?」 風の少ない場所を探して昼食を取りながら、四人はまた石を眺めていた。 アーシャはそれに答えようとして口を開きかけたが、また閉じてしまう。 グリフォンが飛び立ってからずっとアーシャは様子がおかしかった。 何か考え込むように黙ったまま炙った固パンとチーズをもそもそと齧っている。 他の三人はさきほどからそっとお互いの顔を見合わせ様子を伺っていた。 見かねたシャルは肘でジェイをつつき、それに促されたジェイがディーンに救いを求めるような目を向ける。 ディーンは深いため息を吐いた。 「アルシェレイア」 ぴくん、と細い肩が揺れた。 「君が何を悩んでいるのかは知らないが、相談に乗る用意のある人間がここに三人もいるんだが?」 「え……そ、相談?」 「私達は君のような知識はないかもしれないが話を聞く事はできる」 アーシャは驚いたように順番に三人の顔を見た。 「水臭いわよ! ね、何を悩んでるのか、教えて?」 「そうだぜ、まぁ聞く事しかできないけど、ちっとは気が楽になるぜ?」 「さっきこの石を受け取った後、グリフォンに何か話しかけたろう。その時に何かを言われたのか?」 自分を心配する気持ちが伝わってきて、アーシャは顔を伏せ、そのまま首を横に振る。 「違う……むしろ、何も答えてくれなかった」 「何か質問したの?」 こく、と頷いてアーシャは手の平を広げてその上の石を見た。 何度見ても不思議な色合いの石だった。見る角度によって全く違う色を見せ、内側から薄っすら光っているようにも見える。 それはアーシャの目にははっきりと光って見えていた。内部に白い光を灯し、それは時折届くはずのない外の風を受けて揺らめいている。 アーシャは手の平を三人の前に差し出した。 「皆、魔石の定義って、知ってる?」 「知らねぇ!」 真っ先に手を上げたのは勿論ジェイだ。シャルとディーンは知っていたので頷く。 魔石、とはそれ自体が魔力を帯びた石、もしくは外側から魔力を込めて魔法的な処理を施した石の総称だ。 ある程度の質の高い貴石や宝石なら力の差はあれ大抵は加工できるのでその範囲は広い。 だからカットしただけの石でも、宝石店で売れば宝石と呼ばれ、魔法具店で売れば魔石になる、というのも良くある事だ。 魔具には大抵の場合その魔石が要や媒介として使われているが、有名でわかりやすいのは魔道士の持つ杖にはまった石だろう。 ジェイわかりやすいようににアーシャは自分のマントの留め具に嵌っている青い石を見せながらそれらのことを説明した。 「魔石って、魔力を持つ石と、魔力を込めてある石のことを言うけど、本当はほとんどが後の方のものばかりなんだよ」 「後の方って、魔法で加工してある石ってことか?」 「うん、例えば私が護符にしてるこれも、中に魔力が込めてあるから、もしそれが消費される事があったら魔力を補充しないとただの石に戻ってしまうんだ」 へぇ、とジェイは声を上げた。魔石とは無縁で過ごしてきたからそんな事は初めて聞いたのだ。 「魔石も宝石も、同じように鉱山から取れて行く先で名前が変わっただけっていうのがほとんどなんだけど、極まれにその中に最初から魔力を帯びてる物があるんだよ」 「そういうのは魔石の中でも精霊石って呼ばれる貴重品なのよね」 精霊の力が宿るのだとも、精霊が作るのだとも言われる精霊石は本当に貴重で、それが掘り出され流通しても買えるのは王侯貴族やごく一部の富裕層、あるいは名のある魔道士ぐらいだ。 「シャルのお祖母さんの杖の石はその貴重品の一つだよ」 「えっ、そうなの!?」 シャルはどうやら知らなかったらしく、仰天して自分の杖を慌てて確認した。だが杖はそんな様子などちらとも見せない。 石としてはかなり大きいし美しいが、ただそれだけだ。精霊石なら自らもっと魔力を発散していて気づくのが普通なのだ。 「ほんとに? そんな感じ全然しないけど……」 「それは多分お祖母さんがそういう風に封印して置いたんだと思うよ。それ一つで貴族街に豪邸が建つなんて知られたら、シャルが危ないし。今度よく調べてみるといいよ」 その言葉に杖を持ったままシャルは硬直し、ジェイはヒャァ、と声を上げて恐ろしい物を見るような目を向けた。 「……家に帰ったら、もっと大人になってこれを自力で守れるくらいになるまでしまっておくわ」 「その方がいいと思うよ」 「まぁ、それは置いておいてだ。その話からするとこれは精霊石なのか?」 ディーンの言葉にアーシャは首を横に振った。 「魔石には、もう一つ種類がある。あった、と言われてる」 アーシャは空を見上げた。けれど晴れた空に彼の姿を見つけることはできなかった。 「まだ世界が一つで長命な者と短命な者の交流があった頃、力のある精霊や幻獣がその力を結晶化させ人に贈ったと言われる石があったって。それを生み出した者の力の一部を封じた石……聖霊石と呼ばれるものがあったって言われてる」 三人にはアーシャが何を言いたいのかわかった。 わかったけれど疑問が残る。 「それが、これだって言うの? でも、普通の魔石とどう違うの? この石からはそんな魔力は感じないわよ。これも封印されてるとかなの?」 精霊石は手に取っただけでそれとわかるほど力に満ちているからすぐにわかる場合が多い。 けれど四人の手の平の石はそんな力を発散したりはしていない。見た目はただの変わった石だ。 色が混じっているので見る目がなければガラスと間違える者もいるだろう。 「ううん、私には、怖いくらいの力を秘めているのが見えるよ。力が外に出てないのは、これ自体が力の結晶として完全に安定してるからだよ。聖霊石は、彼らが認めた者だけに与えられるものだから、その人が命じた時にだけ力を現すんだって聞いたけど……多分、風や森の魔法を使う時にはこれ一つあればどんな媒介もいらないで相当な力を出せると思う。使い方は、後で調べて考えてみるけど……」 アーシャは視線を手元に戻した。 「これは贈り物だって、彼は言ってたんだ。でも、聖霊石は力のある長命種だけが作れるんだって私は聞いた。そしてその存在はこの世界にはもう残っていないって」 「残っていないものが実は残っていたという事か?」 ディーンの言葉にアーシャは首を横に振った。 「違う……この世界にずっといれば、どうしたって彼らは少しずつ力と知恵を失うっていうのが定説なんだよ。だから精霊達もこの世界と向こうを定期的に行き来するんだって。現に飛竜達は年を重ね、代を重ねるごとに小さく弱くなってるって本で読んだよ。」 「ちょっと待って、じゃあ、まさか……」 そんなばかな、と言いよどんだシャルの言葉の後をディーンが引き取った。 「まさか、あのグリフォンは現在もエル・ロレインの住人だというのか? 精霊だけじゃなく、幻獣も二つの世界を行き来しているという事か? どうやって、何の為に?」 「それは私が知りたいよ。聞いてみたけど……我らにも我らの事情があるということだって、答えてくれなかった。」 答えなかったがその言い回しはまさにそれが正解であることを告げているように聞こえる。 三人は恐ろしげに手の中の石を見つめた。 物言わず鎮座している石が、そんな秘密や強い力を秘めているとは到底思えない。むしろシャルには普通の魔石より静かに感じられるくらいだ。 「どうりで、言葉が通じすぎると思ったんだ」 もっと早く気づくべきだった、とアーシャは後悔していた。 気づいていたら、聞きたい事があったのに。 もう彼は別れを告げて去ってしまった。ここで待っても姿を見せてはくれないだろう。この広大な山脈から彼を探し出す事は絶望的だ。 ましてや、彼がここに住んでいるという保障もないのだ。 はぁ、とアーシャはため息を吐いて固いチーズを口に放り込み噛み砕いた。 喜ぶべき家路が疑問を残して後ろ髪を引かれるようなものに変ってしまった。 だがそのアーシャの重い気分を明るい声が打ち消した。 「でも、それってすごくラッキーって事じゃない?」 「え?」 「だって、そりゃあ疑問は残ったけど、そんなすごいのと出会ってこんなすごい物貰っちゃって、課題は完全クリアよ! もう言う事ないわ!」 それは言われて見れば確かにそうだった。 おまけ付だ、という言葉から察するに、本来貰うはずの物よりも良い物を貰ったのも間違いないだろう。 一度は無理かとも思った課題をクリアし、後は帰るだけというところまで四人はついに辿り着いたのだ。 「ね、アーシャ、きっと今全部秘密がわかったらそんなの面白くないわ。また一緒に来ればいいじゃない? もうこの森の事もわかったんだし、今度は彼に会いに」 「そうそう、また来ようぜ。出直してくれば気が変わって色々教えてくれるかもしれねぇし!」 「その時はぜひ付き合おう」 「皆……」 その言葉がただの慰めではない事がアーシャにはわかった。 この旅を楽しく思っていたのは自分だけではなかった事に初めて気づく。 いつかまた、この四人でここに来たら彼は会ってくれるだろうか? 「……うん。また、またきっと来ようね!」 頷いて、空を見上げる。 またいずれ、とどこか遠く、山の向こうから笑う声が聞こえた気がした。 |
←戻 novel 次→ |