11:森の入り口

 馬車は予定通り夕方にシーレの村へと到着した。
 御者に礼を告げて、四人はこわばった体をほぐしながら村の宿へと向う。
 幸い部屋は無事に空いていたので二部屋頼み、荷物を置いてから一同は一階の食堂へ集合した。
 席について間もなく出てきた夕食を食べながら四人は明日からの事を相談する。
「地図はさっき向かいの雑貨屋で買って来た。ほんの簡単なものだが」
 そういうとディーンは小さめの地図を開いた。
 携帯しやすいように小さく描かれた地図は本当に簡単なもので、村の位置とおおよその森とその向こうの山、あとは森を山から南東へ向って斜めに横切る細い川が描いてある。
 目指す最深部は森の結界の入り口から見ると真西に当たる位置に描かれていた。
「へぇ、目的地の最深部って入り口からほぼ真西なんだな。
コンパスさえあれば迷わなそうだなぁ」
「そうね、まっすぐ行けそうね。それに先にあのいけ好かない女のチームが先に出発してるんでしょ?まっすぐ行かなかったら追いつけないわ」
 そういうとシャルはカウンターにいた恰幅のいい店の女将に声をかけた。
「ねぇ、女将さん! 昨日ここに金髪の変な頭の女の一行が来なかった?」
 女将はすぐにわかったらしく、面白そうに笑い声を上げた。
「あははは、来た来た! あんた達の友達かい?
 なんかやけに派手な馬車でやってきてびっくりしたもんさ。
 一晩泊って今朝出発したけど、やれ部屋が狭いの汚いの飯がまずいの荷物が重いのと、そりゃもうにぎやかだったよ」
「あんなの友達じゃないわよ! これっぽっちも!」
 おや、そうかい、と女将はまた豪快に笑う。
 部屋が汚いだの飯がまずいだのと散々に言われたのに全く気にしている様子もない。
 どうやら村人は我侭な学生が通り過ぎていくのには慣れている様子だった。

「ご飯、美味しいのに」
 もくもくと食事を取っていたアーシャがぼそりと呟いた。
 地元の山菜をメインとした料理をいたく気に入ったらしくさっきから話に加わる様子もなく食事をしていたが、それ故にコーネリアの失礼な言葉は見過ごせなかったらしい。
「あはは、ありがとうね! なんたって素材がいいからねぇ。
 うちの材料は許可を貰って風の森で採集や狩りをしている村人から仕入れてんだよ。名物だから沢山食べてっておくれ!」
 にこにこと笑いながらドン、とテーブルに追加の皿が置かれる。
「サービスだよ! あんたちっちゃいからね。もっと沢山食べないとね!」
 そう言って置いていったのは、茹でた山菜とコクのある木の実を炒って砕いて和えたものだ。
 同じ木の実をペースト状にすりつぶした物がソースとしてかかっている。
 アーシャはさっそく自分の皿に取り分けて味見してみた。
 木の実のソースの素朴な甘さと山菜のほのかな苦味、木の実の食感が絶妙だった。
 シンプルゆえに素材の味が良く出ている。
 アーシャはこれも気に入ったようで、パクパクと口に運んではシャリシャリいい音を立てた。
 アーシャは痩せているので小食なのかとディーンは思っていたが、意外に良く食べる事に驚かされた。
 食生活が不規則なのが細い体の原因で、それ以外は健康なようだ。
 小さな口に野菜を頬張っている姿はなんとなく草食の小動物を連想させる。
 ちゃんと量を食べれるなら、もう少し保存食を買い足していくか、とディーンはその姿を見ながら考えていた。

「で、結局やっぱりまっすぐ西へ行くんでしょう?」
 シャルが話を戻して地図を示した。
「まぁ、そうだな……それが一番良いようだが」
「南西に行くのがいいと思うよ」
「え?」
 不意にアーシャが口を開いた。
「まっすぐ西へ行くんじゃなくて、少し南西に向って、川に当たってから川沿いに西を目指す方がいいと思う」
「ええ? でも、西にまっすぐ行った方が近いぜ? 何でわざわざ遠回りすんだよ」
「そうよ。それに遠回りしたらコーネリアに追いつけないわよ!」
 しかしアーシャはそれに首を振る。
「水場の確保が大事だから。私は水を集める魔法も使えるけど、森ではいつも水場の少し近くで寝泊りするよ。
 何かあって水に困るかもしれないし、大きな水場が側にあれば≪火≫を使う時も心配が減るもん」
 火、とアーシャは強調して告げる。ディーンもそれに頷いた。
「……確かに、一理あるな」
「でも! そしたらあの女に先をこされちゃうわ!」
 シャル、とジェイが彼女をたしなめる。
「コーネリアに追いついてどうすんだよ? それが目的じゃないだろ?
 俺達は、課題をクリアしさえすればいいんだ。
 むしろ進みに差が出た方が邪魔にならなくていいと思うぜ?」
 う……とシャルは言葉に詰まった。
 確かに彼女らと競争をしにここへ来たわけではないのだ。
 この課題は勝ち負けがあるわけではない。
 ただ、なんとなくコーネリアに先を越される事に釈然としないものを感じるだけだ。

「でも……」
「お嬢ちゃん。その子達の言う通りだよ」
 話を聞いていたらしい女将がシャルに話しかけてきた。
「この森は川以外では水の確保が難しいんだよ。
 湧き水が無いこた無いが、どこも湿地のように地面に染み込んじまってるから、綺麗な飲み水にするには手間もかかるしねぇ。
 魔法が使えても万一って事もあるから過信しない方がいいよ。
 風が強いせいかね、水場の近く以外は結構乾燥しているしね。
 それに森には道が無くて馬も入れないから沢山の水を運ぶ事も難しいのさ」
 村の人の貴重な助言に四人は真剣に耳を傾けた。
「それに川沿いの方が、開けていない森の中よりも多少は歩きやすいはずだよ。方角も見失いにくいしね」
「川へはどのくらいで着きますか?」
 ディーンの質問に女将は少し考えて答えた。
「まっすぐ西に進むと川に当たるまで二、三日かかるはずだよ。
 南西に下れば朝早くに出て夕方には川に着く。
 そうしたらあとは川沿いに北西へと進んで三日というとこかね。
 川が細く二股に分かれているところに来たら、進路を西に変えるといい。そこからならあんた達の目的地までは一日程度だよ」
 それなら四人が予定した日程にさほど変更があるわけではない。
 目印まで教えてもらえて、これ以上望む事はないくらいだ。
「な、シャル?」
「……わかったわ。その通りにします。女将さん、どうもありがとう」
「いいんだよ。あたし達村のもんはあんたら学生が来るのを毎年楽しみにしてんのさ。
 辺鄙な村だからね。無事に帰ってきて、またここに泊って森での冒険を聞かせておくれ!」
「はい!」



 次の日、明け方ごろ起きた四人は女将が好意で出してくれた朝食を済ませると宿の前に集合していた。
 多少眠そうな顔のメンバーが混じっているが、すぐに出発できそうだ。
 今日は天気も良くなりそうだった。
「あんた達、ほら、お弁当持っていきな!」
 女将がそう言ってそれぞれに包みを渡してくれた。
 まだほんのり暖かい。
「わぁ、いいんですか? ありがとうございます!」
「いいんだよ。うちの料理を美味しいって言ってくれた子達にはサービスする事にしてるのさ! これ食べてがんばっておいで!」
「はい、行ってきます!」
 手を振る女将に見送られて四人は村の西の出口へと歩き出した。
 そこに、森の結界への門があるのだ。



 森は大きかった。
 馬車で村に近づいてきた時もずっと遠くからそれと判る森の大きさに驚いていたが、近くで見ると森と言うより完全に山の入り口だ。
 小さな門の所には生徒が来ると言う連絡を受けていた門の管理人らしい村人が来ていて、ディーンが差し出した許可証を確かめるといってらっしゃい、と言って門を開けてくれた。

 門を潜り抜けて最初に感じたのは風だった。
 ぶわ、と突然正面からやってきた風が四人の髪や服で遊び吹き抜けていく。
 村の中では風はさほど強くなかった。
 どうやらこの森を守る結界は、同時に側にある村を強すぎる風から守る役目も担っているらしい。
 門を抜けてすぐのところに少しばかり広がる草地をサクサクと歩く。
 初夏の風は緑の匂いがして何とも清々しい。
「キャァッ!」
 気持ちのいい西風を楽しんで歩いていると突然シャルの悲鳴が響いた。
 三人が慌ててそちらを見るとどうやら彼女は何かに躓いて転んだらしく、膝を抱えて座り込んでいる。
「いったぁ……何?」
「大丈夫かよ、シャル。怪我は?」
「平気……けど、何かに引っかかって、って何よこれぇっ!?」
 怒声を上げたシャルの足元を見ると、そこには草を束ねて結んだ小さな輪が出来ている。
 古典的な小さな罠だ。
 草が勝手にこうなる訳は無いので当然誰かが故意に作っていった事になる。
 ここを生活の場にしている村人がそんな事をする理由は無く、となれば当然これを作った人物は非常に限られてくる。
「……あの女、やってくれるじゃないの!」
 シャルは今にも火を吹きそうな勢いで立ち上がった。
「シャ、シャル、落ち着け、な?」
「落ち着いてるわよっ! 行くわよ皆! 負けてたまるもんですか!」
 そう言ってシャルは誰よりも勢い良く歩き出した。
「キャァッ!」
 しかし十歩ほど進んだ所でまた罠に引っかかって転ぶ。
「おい、俺が先に歩くから!」
 律儀なジェイはめげずに先を行こうとするシャルを追いかけて走っていった。
 シャルの勢いに呆気に取られて見送ってしまった残る二人は思わず顔を見合わせる。
「……行こう」
 先を思いやっているディーンのため息は深い。
「ちょっと待って」
 アーシャはディーンを呼び止めるとその場にしゃがみこみ、ペチペチと手の平で地面を叩いて小さく一言告げた。

『在るべき姿へ』

 ざわ、と草原が揺れた。
 草が、風が吹き抜けたかのようにざぁっとうねり、揺らめく。
 普通なら、本当にただ風が吹き抜けたのだと思うだろう。
 その草原のうねりが、少女の手元の地面から西へと動いていったのでなければ。
「うん」
 そう言ってアーシャは立ち上がりとことことディーンの隣までやってくる。
「草が可哀そうだから」
 行こ、と言われてディーンも我に帰って慌てて歩き出した。
 足元を見れば、さっきシャルが引っかかったはずの草の結び目はもうどこにも見えなかった。
(これは……意外に戦力外どころじゃないかもしれないな)
 ディーンは前を行く小さな背中と徐々に近くなる森を見ながらそんな事を思う。
 前方の二人から、もう悲鳴は上がらなかった。
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